想い想われ?



08




それからも1週間のサイクルで、彼は私の部屋を訪ねて来た。
いつも手土産を持って。

大体が頂き物だとか出張のお土産だとか。
たまに私の好みそうなものだったからと言って、持って来てくれることもあったけど。
そしていつもお酒を飲んで、そのまま寝てしまうといった感じだった。


「うーーん」

私はひとり、洗面所の鏡の前で唸ってる。

「どうしてこんなことになったんだろう?」

いくら考えてもわからない。
目の前には男物の歯ブラシとコップ。
いつの間にか彼用の歯ブラシがそこに鎮座してた。

歯ブラシ以外でも、彼のお箸も茶碗も湯飲みもマグカップも揃ってるって?どういうこと?
部屋着代わりのスウェット上下もある。

彼が泊まるのは、この部屋に来る2回に1回の割合。
入り浸ることもなく、ちゃんと朝は仕事に行くし私物もそれ以上増える気配もない。
たまに持って来る雑誌や本は、ちゃんと次の日自分で持ち帰る律儀さ?

ホテル扱いなのかしら?なんて思って彼に詰め寄る。

「と、とんでもないです!そんなこと一度も思ったことありません。ただ……」
「ただ?」
「ひとりでは無性に寂しく思うときがあって……僕、静乃さんに甘えてます、ごめんなさい。
でも追い出さないでください。じゃないと僕……潰れちゃいそうなんです」

うっ!頭の犬の耳とお尻の尻尾が垂れ下がって見える!

『クウゥ〜〜ン』 なんて幻聴まで聞こえてきそう。
それに、そのハの字眉毛とメガネの奥からの縋(すが)るような眼差し……やめてぇぇ!

最初に彼を癒してあげたいと思ったのは自分だ。
大切にしていたお祖母様を亡くして、目も当てられないくらい落ち込んでた彼を気にかけたのも私。

ちゃんとお相手がいるはずの彼がどうして私なんかとの係わりを続けるのか、わかるようなわからないような……。

あまり婚約者と仲がよろしくないのだろうか?
政略結婚だから打ち解けられないんだろうか?
ああ……それとも結婚するまでの独身最後の女遊び?

「…………」

ただ思うのは、彼はそんなことをする人には見えないことと、ここに来るときはそんなのを
全部置いてきてる気がする。

仕事の話もここではほとんどしないし。
ただ、以前携帯に電話がかかってきたとき、私に気を使って玄関のほうに移動した彼が気になって
こっちに背中を向けて話す彼の話を、こっそりと聞いたことがあった。
そのときの彼は、やはりそれなりの役職を担う堂々とした男の人だった。

『その件は部長にちゃんと話しておいたはずですが?彼に一任してあります。それは彼に聞いてください。
そのくらいのアクシデントでうろたえないで下さい。役職が泣きますよ。
このくらいのことが重荷に感じるのなら、軽くなるように他の人と代わっていただきましょうか』

いつかはあの会社の頂点に立って、全社員をまとめていかなければならない人……。

やっぱり……住む世界が違う人……。



彼とは昼間会ったことも、2人で出かけたこともない。
ただ彼が、夜訪ねてくるだけの付き合い。

それもいつまで続くんだろう?

彼が言い出すまでは私は何も言わないつもりだけど……やっぱり私ってばズルイ女だな……
なんて思ってしまう。



「久遠さん」
「はい?」

平日の会社帰り。
会社を出て駅に向かう途中で呼び止められた。

振り向けばそこには、明るめのブラウンの髪の毛先が肩の下でくるんと巻かれて、白い洒落た
ワンピースを着た女の人が立っていた。

綺麗に磨きあげられてるんだろうな……淡いパールピンクの爪に控えめにキラキラとした
小さな飾りが飾られてる。
ピアスもネックレスも、それなりのお値段をうかがわせるもので、かといって嫌みったらしくない。
いかにもお嬢様って感じの女の人だった。

ただ残念なのは、黙っててもわかる気の強そうな顔。

自分より生活水準が低い相手は、相手にしてないというか見下してますというのが立ってるだけ
なのにわかるって……どうなのかしら?

さらに残念なのは、それが外れてなかったこと。
“見かけと違って騙されたわ〜” とは思えなかったし、いかにも見た目どおりだった。


「史明さんとは別れていただけますよね」
「えっと……あの……あなたは?」

史明くんのことで話があると、近くの喫茶店に入っていきなりの言葉。
一体どちら様?自己紹介くらいしてほしいわよね。
そちらはこっちのこと知ってるかもしれないけれど、私はあなたのことは知らないんだから。

「私、佐渡カスミと申します。S・Sエンタープライズの社長が私の父です」
「はあ……」

社長令嬢ですわ!と言いたいのだろうか?
そういえばパソコンで調べたとき、結婚相手の名前に彼女の名前もあったような?
でも他にも候補の令嬢がいたような?
いつの間にか、ひとりにしぼられたのかしら?

「で?よろしいですよね。私がお願いしたこと、わかっていただけましたわよね?」

ちょっとだけ首を傾げて、私に視線を合わせながら言われた。

「あの……」
「なにか」
「佐渡さんが彼……楡岸さんの婚約者なんですよ……ね?」
「あら疑ってますの?」
「いえ……そういうわけじゃ……」

ただ、パソコンで調べた限りじゃまだ結婚相手はハッキリと決まってないはずだから。
でも私のことを知ってるってことは……。

「まだ正式に公の場では公表していませんけど、近いうちに婚約パーティを開きます。
まあ、あなたはご招待しませんけれど」

クスリと、ハナで笑われた。

「史明さんには困ったものですわ。でも、あれだけの責任を背負ってる方ですもの、
息抜きも必要だとわかっておりますの」

「…………」

だったら、あなたが息抜きさせてあげればどうですか?婚約者様!
と、喉まで出かかった。

「きっと私には心配をかけたくなかったんですのね」

ウフフと笑ってる場合じゃないと思うけど。
いや……他に女をつくるのは、心配させないとはまったく違うと思うんですけどね。

「話を戻しますけど、史明さんとは今後一切関わらないでくださいね。そもそもあなたとは
住む世界も違うんですから」
「あの……このことは楡岸さんはご存知なんですか?佐渡さんが私に会いにくるというのを……」
「ええ、もちろんです。私に任せるとおっしゃられて、だから私がきましたの」
「…………」
「久遠さん、わかっていただけましたわよね」
「…………」
「久遠さん?」

ちょっとした間をおいて、私は口を開いた。

「お返事はできかねます」
「は?…………あら?聞き間違いかしら?」

片方の眉毛だけキュッと上げて睨まれた。
すごい……私には到底できない芸当だわ、と感心してちょっと魅入ってしまった。
手入れのされた綺麗な形の眉毛だった。

「私は……楡岸さんがこういったお話を、他人に任せるっていうのが納得できませんから」
「なっ!他人じゃありません。婚約者ですからいずれは身内になる身ですのよ。
それも妻と言う立場に。なら私が話しに来てもなんの弊害もありませんでしょ?」
「私は……楡岸さんはそんな方だとは思ってませんので」
「……まあ……」

ワナワナと震えながら私を睨みつけてる。
一瞬、水でも掛けられるかしら?なんて思ったけど、彼女はしなかった。

「ああ!もしかしてお金が欲しいんですの?別にかまいませんけれどね。おいくら?」

納得といった顔で、またクスリと笑われた。

「……そんなの、いりません」
「無理なさらなくてよろしいのよ。それ相応の金額は出しますわ」
「ですから、お金なんて要りません。もうお話は終わりましたか?」
「……ちょっと……あなた、いい加減になさいな!」
「私と楡岸さんとは……そんな関係じゃありません。失礼します」

私は自分の荷物を持って立ち上がる。
そんな私を彼女はまた睨みながら見上げた。

「後悔しますわよ。今ここでハッキリとさせなかったこと」
「別に後悔なんてしません」

そう言って軽く頭を下げてお店を後にした。




「はあーーーー」

トボトボと歩きながら改札口を通る。
いつものホームに立って電車が来るのを待った。

「なんか疲れた……」

だけど……ホント気の強い人だったな。
さっきのやり取りと彼女の顔を思い出してそう思った。

史明くん本当にあんな人と結婚するのかしら?

そりゃ、お互いの家柄や仕事絡みっていうのも捨てられない条件になるかもしれないけど、
ガッカリしたのは確かだった。

育ちも容姿も、多分合格点なんだろう彼女。
だけどあの性格と態度は、好感なんて持てなかったから。

あんな人が史明くんの奥さんになるなんて……。

私が心配しても仕方ないことだとは思うけど、なんだかとっても残念な気分だ。
なんて思ってしまうのは私だけかしら?

そう思ったとき、いつも乗る電車がホームに入ってきてブレーキの音と共に停まると、
私の目の前でドアが開いた。



家に帰って、またパソコンでそのあたりのことを調べてしまった。
私ってば暇人?

婚約のことは載ってなかったけれど、つい最近さっきの婚約者さんのところの会社と、
なにか大きな契約が結ばれたって書いてあった。

「ふーん……そういえばちょっと前に契約が決まりそうって史明くん言ってたわね。
それがこの彼女の会社だったんだ」

よくあるものね。
お互いの会社の繋がりを強くするための結婚。
まさに政略結婚だろうけど……史明くんが自分の気持ちを無視してまで、そんな結婚するんだろうか?

うーん……ありえない気がする。

「ということは……史明くんも彼女のこと……ってコト?」

まあ人の好みはわからないし、あの人だって自分の結婚相手に変な相手がいたらどうにか
排除したくなるわよね。

それに、もしかして史明くんの前ではとんでもなく普通で優しい人かもしれないし。
つい先入観であんな態度とっちゃったけど……恋する乙女かもしれない。

「ちょっと納得しかねるけど……」

あの印象からどうしても想像できない……恐るべしだわ、婚約者様!


とにかくそんな話が進んでいるのなら、そろそろ史明くんからなにか話があるかもしれないわね。
婚約者に私とのことバレちゃって大丈夫なのかしら?史明くん……。


そんなことを思ってきっと近い内にくるであろう事実に、今まで以上に心の準備しておかないと……と、思った。








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