想い想われ?



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会社を辞めて3日目の夜、史明くんが前訪ねてきてから今日で1週間。
そろそろかな?っていうころに玄関のチャイムが鳴った。

「こんばんは。今日はおいしいワインが手に入ったので持って来ました」

「…………こんばんは。ありがとうございます」

いつものように、いつもの笑顔で頭の犬の耳をピコピコと揺らしお尻の尻尾をパタパタと振りながら、
彼は立っていた。



「なんだか高そうなワインだけど……本当に私なんかと飲んじゃってよかったの?」

ワインのことはよくわからないけれど、クセもなくてまろやか。
飲み込むとトロンとしてしまうような、とてもいい匂いのする高級なワインだってことはわかった。

一言で言うと、美味しい。

「いいんです。最初っからこれは静乃さんと飲もうって決めてたんですから」
「そう?じゃあ遠慮なく」

私は史明くんが一緒に持ってきた、小さなオードブルにある生ハムを突きながらワインをコクリと飲む。

こういった端はしに、お金の余裕があるところが滲み出てる。
相変わらずスーツはオーダーメイドだし、同じスーツを着てるのも見たことがない。
って、週一しか会ってないからたまたまかもしれないけど。

それにしても、いつもとまったく変わらない史明くん。



「あれ?静乃さん転職するんですか?」

史明くんがカバンからはみ出してる求人雑誌を見つけたらしい。

「え?あ……そう」
「なにかありました?」
「え?」
「いえ、そんな話、初耳だったので」
「あ……前から考えてはいて……これから先、手に職をつけておいたほうがいいかなぁ……とか、
そんな仕事につこうかなって……あんまり歳をとってからだとなかなか難しいでしょ?」
「もう、新しいところは決まったんですか?」

そう言うと、ワインの入ったグラスを傾けながらこくりと飲んだ。

「まだ探し始めたばかりだし……ゆっくり決めようと思って。なにか資格取ってからでもいいかなって」
「そうですか」

あまりにいつもと同じ史明くんを見ているとやっぱり婚約者様が私に会いに来たことも
“あのこと” も、彼女の独断だったのかしら?
もし彼が本当に彼女に任せたとして、ここまですっとぼけていられるものかしら?

まあ、会社のことは史明くんに話すとは思えないけど……
私に会いに来たことが彼女の言うとおりなら、こんなにもいつもと同じように堂々と私のところに
史明くんが訪ねてなんて来れないわよね?

それとも、わかっててこの態度ができる……とか?
そこまで腹黒なの?史明くんっ!!

「はい?」
「!!」

じっと疑いの眼差しで見てたら、なにか?と言った感じで気づかれた。

「あ……あの史明くん」
「はい?」
「…………」

どうしよう……聞いて……みる?

「あの……」
「?」

「史明くんって……結婚……は?」

「え?」

わああああ!ちょっと話飛びすぎた?
すごいキョトンとした顔してる。

「いや……あの……史明くんも、いいお年頃でしょ?」
「そうですね……年齢的にはそうでしょうね。友人の中には結婚して、子供がいる人もいますしね」

言いながら、クスリと彼が笑う。

「じゃあ……そういうお相手……」
「周りからは前から結婚しろ結婚しろって、言われてますけど」
「……やっぱり」
「え?」
「う……ううん。じゃあ結婚する予定はあるんだ」
「まあ、したくないわけじゃないので……できたらいいですよね」

にっこりと笑って、またワインをコクンと飲む史明くん。

「…………」

───── あ……曖昧な言い方の返事でよくわからないわ!!
いや……やっぱり聞き方がまずかったのかしら?

ハッキリと相手の名前も出して聞いたほうが……。

「あ……あのね」
「あ!ちょっとすみません」

グラスを持ってない手を私に向かってあげると、座りながらズボンのポケットを弄って携帯を出す。
グラスをテーブルの上に置くと、軽く頭を下げて携帯を弄りながら玄関の方に歩いて行った。

「………なんだか、聞きそびれちゃったわ」

はあ〜〜と溜息を漏らして項垂れる。

聞いたって素直に答えてくれるかなんてわからないのに。
それに相手の名前を出して、私が会社を辞めた理由を史明くんに知られてしまうかもしれないし。

そう思うと、やっぱりこれ以上は聞けない……かな。

会社を辞めさせられたことで、史明くんを責める気持ちなんてない。
まあ婚約者様には、ことごとくガッカリさせられたけど。

史明くんが結婚したら、もうこんな付き合いも続けちゃいけないと思うけど、
彼女が言ったことがウソだったなら……もう少し、今のこの関係を続けていたいなと思うのって……
やっぱり私って嫌な女かな……。

もう男と女の関係にはならないと決めてるけど、それでもこの関係は婚約者様にとって
裏切り行為のなにものでもないんだろうし。


そう思っても、もう少しだけ史明くんと一緒に過ごす時間がほしいと思ってしまう。

ああ……私ってば……いつからそんな女になっちゃったんだろうな。

でも……終わりは綺麗に終わるつもりだから……史明くんが “もうお終い” って言ったら、ちゃんと終わりにするから。

だから……あともう少しだけ。


私は彼が電話をしている玄関に繋がる閉められたドアを見ながら、そんなことを思っていた。








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