想い想われ?



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会社を辞めた後、同じ事務だった三輪さんから連絡が入って、お説教をされてしまった。
退職したのがあまりにも急な話だったから。
夕飯を一緒にと誘われ、色々追求されたけれどそこは上手く話を作って誤魔化した。

『寂しくなるわぁ……』

そんな彼女の言葉が申し訳なくて……苦笑いをかえすことしかできなかった。
それから職業安定所に書類を出したり、細かい色々な手続きをしたりして数日を費やした。


本当はしばらくの間、ゆっくりしようと思っていたけど、求人サイトでふと目に留まった会社があった。

家からも近くて、史明くんの会社からは離れてる。
募集は社員だし、ちゃんと保険も完備してるし、色々な休暇もちゃんと整ってた。

育児休暇なんて一体いつ使うんだ?なんて自分で突っ込んじゃうけど、万が一のときは
ないよりはあったほうがいい。

休日も週休2日制だし、ボーナスもちゃんとある。
しかも、今までと同じ事務関係で資格も不問。
年齢も範囲内だし……いいんじゃないかしら?ここ。
仕事内容はPC入力に電話応答、その他雑務と事務全般。
やったことのある仕事内容だから、そんなに悩むことじゃないかな。

さっそくそのままパソコンで申し込む。
今の就職って、意外と簡単に面接を申し込むことが出来るのね。
その分、相手も簡単に断りやすいんだろうけど。

まずは相手からの返事待ち。
面接くらいは受けられると思うから、履歴書が必要よね。

「証明写真も必要か」

今まで勤めてた会社しか働いたことがなかった私は、履歴書もましてやここ最近の
証明写真も手元になかった。

「天気もいいし今、行っちゃおうか」

自分でも前向きすぎるだろ?なんて言ってしまいそうな言葉と行動と態度。
でもグダグダ言ってたって仕方ないから。
それにここがダメでも、しばらく生活には困らない蓄えもあるし給付金も入る。

そんなことを思いながら、着替えて簡単にお化粧をして、バッグを片手に玄関のドアを開けた。




「うそ」

証明写真を撮ってから10日後、手元に届いた採用通知を信じられない気持ちで見つめてた。

面接に行ったのが1週間前で、あっという間の再就職成功?
今の世の中、転職なんて難しいのに……自分でも最低5ヶ所くらいは面接受けないと
ダメだと思っていた。

「これもタイミングかしら?」

決まるときには決まってしまうものなのね。
なんて未だに信じられない気持ちで、なかなか届いた採用通知から目が離せなかった。

その日の夜、珍しく史明くんからメールが届いた。
お互いの携帯番号とアドレスを交換したけど、それほど活用してはいなくて、だからどうしたのか
不思議に思いながらメールを開く。

私から史明くんに電話やメールをすることはないと思うから。

『 こんばんは。お変わりありませんか? 僕はちょっと仕事が忙しくて、しばらく静乃さんに
会いにいけそうにありません。 またお伺いできる日を楽しみに、仕事を頑張ります。 
静乃さんもお体には十分注意して、次に会えるときまで元気にお過ごし下さい。
次に伺うときも、なにか美味しいものをお持ちしますので楽しみにしていてください。
また連絡します。 おやすみなさい。  史明 』

「なんか、えらく真面目なメールよね。もう少し砕けてもいいと思うけど」

絵文字の1つもない。
まあ、史明くんらしいといえば言えるけどね。

そうか……今日で1週間だったんだ。
知り合って初めてかもね、1週間以上会えないのって。

結局再就職が決まったことも、まだ史明くんには言ってなかった。
それに、あの婚約者様もどう動いてくるのかわからないのも気になってはいる。

また会社に手を回されちゃうのかしら?
未だに史明くんはウチに来てるわけだし。

なんの進展も後退もしていない私達。

「まあ、そのときはそのときか」

もともと大雑把な性格でもある私。
そんな言葉を呟いて、史明くんに返事のメールを打ち始めた。




就職の決まった会社は、前勤めていた会社よりも大きな会社だった。
実際面接に行って、初めて生で会社を見たときはびっくりしてしまったもの。

史明くんのところと同じくらいかな?
立派な会社で、いろいろな分野で手広くビジネスを展開してて、業績も黒字を伸ばし続けてるらしいし。

そんな会社に私が勤めちゃっていいの?なんて逆に思ったくらい。


「今日から働いてもらう久遠さんです。仕事は勝浦さんの補助と電話対応お願いしてます。
それと時々他の部署の応援なんかしてもらう予定です」
「今日からお世話になります、久遠です。宜しくお願いします」

あっという間に迎えた初日。
初めての新しい職場で、年甲斐もなくドキドキしてる。

どうかスムーズに仕事が覚えられますように!どうか女子社員ともめたりしませんように!!

どうせなら長く勤めたいもの!!目指せ定年退職!!よっ。


「まずは職場の雰囲気に慣れないとね。って言っても基本は事務だから。前も事務だったんでしょ?」
「はい。印刷会社ですけど」
「なんで辞めたの?失恋?」
「え″っ?」

なんで初対面でいきなりそんな……。
取り繕うこともできず、顔が引き攣ってるかも。

「ああ、その辺の話はお昼休みに教えても〜らおっと」
「……はあ……」

隣同士の席で仕事を教えてくれる 『勝浦 里緒』(katuura rio) さん。
私よりも若く見えるから年下なのかも。

「あ!私、久遠さんよりひとつ下ですけど敬語使いませんから〜。一応私の方が先輩だし、
それに敬語使うのヨソヨソしいし、あんまり好きじゃないんで。あ!でもちゃんと上司やお客様には
敬語使いますので、その辺はご心配なく」

「は……はあ……」

なんだか逞しいというか……上手く社会の波に乗れてる人というか……。

「ではまずこの書類なんですけど、今日の午前中に提出なんで記入お願します。
そのあとこれを人事課に提出がてら社内案内しますね。仕事場にもなる倉庫も案内しますから」
「はい、わかりました」
「じゃあ書き終えたら声かけて」
「はい」

渡された書類に記入して、勝浦さんと部屋を出る。
エレベーターで2階上の5階に上がって、長い廊下を歩く。
前の会社と違って綺麗な内装。
観葉植物の緑も空間に対していい割合で置かれてるし……なんか和むわ〜。

どこもかしこも洒落た造りで溜息が出ちゃう。
ロッカー室もトイレもどこかのホテルを思わせるような造り。
さすが大手企業……お金かけてるわよね。

「失礼しま〜す」

既に開いてる入り口のドアの扉をノックして、サッサと中に入る勝浦さん。
私も勝浦さんのあとをついて行きながら、失礼しますと言って中に入る。

「あ!勝浦さんおはようございます」
「おー梨佳ちゃんおはよう」

数あるデスクから顔を上げて私達に気がついたのは、一目見て釘付けになるような可憐な女の子。
細くて柔らかそうな栗色の髪の毛が、歩く度に肩の上で揺れる。
白い肌にホンノリと染めてるピンク色の頬に、これまた桜色の唇。
全体が小さくて可愛い。
歳と容姿に似合ってる服装で、スカートの裾から見え隠れする膝も可愛い。

いや〜こんな子いるんだ。

って言うのが第一印象。
もしかして、お嬢様?なんて思える。
自分の席から私達の方に歩いて来るだけのほんの数歩のことなのに、そんなことが連想できる。

「どうしました?」
「こちら今日からウチの課に勤めることになった久遠さん。ロッカーの使用申請書持ってきた」
「はい、お預かりします」
「お願します」

さっき名前を記入した紙を2枚渡すと、その場で目を通して確認してくれる。
鍵は朝先に受け取ってたから書類を出すだけだった。

「はい、大丈夫です。鍵はなくさないように気をつけて下さいね。一応予備はこちらありますけど
自己管理ですのでお願します。ここを退社なさるときはこちらに返却となりますので」
「はい」
「では、今日から頑張って下さい」
「はい、ありがとうございます」

ああ……フンワリと微笑まれて、同性ながらドキリとしてしまった。
勝浦さんはヒラヒラと手を振って、私はペコリと頭を下げて人事課の部屋を出た。


「彼女可愛いでしょ〜」
「本当に。同性から見ても可愛いと思います。どこかのお嬢様みたい」
「まあ、お嬢様だから」
「は?」
「どうせすぐにわかると思うから言っちゃうけど、彼女この会社の社長の娘」
「え?」
「私とは同じ大学で2つ下だったからよく知ってるんだ」
「そうなんですか」
「本人も言ってるし社長も言ってるんだけど、彼女を社長の娘ってことでヒイキしないようにって
言われてるから。久遠さんもそのつもりで接してね」
「はい……でも、私から見たらこの会社の人全員先輩になりますから、多少気は使うと……」
「そうだよね……でもそれでも人に対する当たり前の礼儀ってモノもあるでしょ?いくら先に勤めて
先輩だからって大袈裟に敬うことないと思うんだよね。あんまり先輩面されるのも嫌になるしね」
「そ……そんなこと」
「私、自分がそうだったからそういうの嫌なんだ。もともと性格の悪かった人だったんだけど」
「そうだったんですか……で?その方は今も?」
「ああ……辞めたよ、私が入った次の年に。あんまりにもムカついたからちょっと一言、言ってやったけどね」
「はぁ……」

一言?一体どんな一言だったのか。

「まあ色んな人がいるわよ。さて、じゃあ次は倉庫ね。在庫管理と各課から申請された品物の配布が仕事。
結構細かいから数だけはちゃんと把握して、在庫が残り少なくなったら業者に発注もするから気をつけててね。
モノによっては日にちかかるし。あとは名刺の発注とか細かいのあげるとキリがないけど追々ね」
「はい」


午前中はそんな感じで、倉庫と仕事内容の説明であっという間にお昼になった。








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