想い想われ?



13




婚約者と名をあげるふたりの女性の前に現れたのは、そのお相手となる史明くん。
どうして史明くんがこの会場に?
でもこれって、ちょっとした修羅場になるのでは??

なんてことを思いながら、私は廊下の隅から顔だけ出して行く末を見守ってた。

「ふみクン!」

「ふみクン?」

──── ふみクン?

私とニセ婚約者様は、帆稀さんが呼んだ名前を繰り返してしまった。
だって普通しないでしょ?そんな呼び方。

「あれ?佐渡さんじゃないですか。佐渡さんもいらしてたんですか?」
「え?あ……はい。父のお供で……それに、楡岸さんも今夜こちらにいらっしゃると聞いていたので」

懲りもせずにっこりとお嬢様スマイルで応える。
へえ……史明くん相手だとあんな顔するのね。

「え?ああ “HOMARE” の社長は僕の遠い親戚にあたるものですから、仕事上も色々付き合いがあるんですよ。
で?ふたりで何を話してたんですか?」

爽やか笑顔の史明くん……。
なんとも場違いというか、空気読めてないというか、史明くんらしいというか……うーん。

「え?」

ニセ婚約者様が、引き攣った顔で返事をした。

「そういえば、梨佳ちゃんと佐渡さんは同じ大学でしたっけ?」
「そ……そうなんですか?それは存じませんでした」
「多分、でも学年が違いますよね?学部もかしら」

さっきの雰囲気は一切出さずに、お友達のように話す帆稀さん。

「ええ……多分」
「そうなんですか」

なんだかとっても不毛な会話が続いてる気がする……肝心なことは誰も話さないんだもの。
そう思ってたら口を開いたのは、ニセ婚約者様だった。

「あの……楡岸さん」
「はい?」
「……こちら、楡岸さんの……その……婚約者なのですか?」
「え!?」

お!いきなり核心を!でも偉いわ、ニセ婚約者様!私もハッキリ聞きたいもの。

「梨佳ちゃん?」

帆稀さんの名前を、ちょっと驚いたような顔で呼ぶ史明くん。
別に意外でもないでしょうに……。

「そうよね?ふみクン。私達、子供の頃から仲良かったから親同士もそう思ってたみたいだし、
なんの障害もないものね」
「…………」
「内緒にしておきたいのはわかるけど、佐渡さんにはハッキリとお知らせしてさし上げたほうが
いいと思って、今話してたところなの」
「え?」
「だって、ふみクン放っておいたら誰に色目使われて、誘惑されちゃうかわからないじゃない。
だから佐渡さんにはご迷惑だとは思ったんですけれど、ふみクンにはもう相手がいるっていうことを
知っていてほしかったの。あ!これは佐渡さんだけではなくて、他の方にも言えることなんですけどね。
余計なご忠告だと思ったんですけど……申し訳ありませんでしたわね」
「…………」

ニッコリお嬢様スマイルだけど、目は笑ってない。
うっ!!帆稀さんキツイ!キツイわ!
『人のもんに手を出すんじゃないわよ』 って言ってるのね。

「そんな、わざわざ言わなくても……ちょっと恥ずかしいじゃないですか」

あ、史明くんってば照れてる?

「いつかわからない未来で、佐渡さんもどこかの素敵なお相手とめぐり合えるとよろしいですわねぇ」

うふふ♪ という顔をして、帆稀さんが史明くんの腕に自分の腕を絡ませて身体を預けた。
史明くんは私の前でも見せたように、後頭部を掻きながら照れてる。

「…………」

そのとき、私の胸の奥がツキリ、と痛んだ。

「わ……私、化粧室に行く途中でしたの。では、失礼いたします」
「あら、呼び止めてしまって申し訳ありませんでした。では、また機会がありましたらゆっくりとお話しましょう」
「…………」

うわっ!こっちに来る!

史明くんと帆稀さんに背を向けて、ニセ婚約者様がこっちに向かって歩いてきた。
そういえば、化粧室はこっちだった。

私は慌てて廊下を戻って、化粧室とは反対の廊下に逃げた。
運よく廊下の壁にでっぱりがあったから、その影に隠れた。
ニセ婚約者様の気配が、反対側の廊下を歩いていく。

はあ〜〜廊下に絨毯敷いてあってよかった……足音でバレずにすんだわ。

でも、スゴイ顔だったわね。
こっちに振り返ったときのニセ婚約者様の顔ったら……悔しさと怒りと嫉妬と、
色んなモノが入り混じってたみたい。

「……………」

でも……あれじゃ、諦めるしかないかもね。


そのあと、こっそりと戻って廊下を覗くと、もう史明くんと帆稀さんはいなかった。
きっと2人で、会場の中に入ったんだろう。

「ふーん………そっか……本当の婚約者は帆稀さんだったんだ」

改めて知った事実が、自分の中でちゃんと受け止められた?
答えは自分でもよくわからなかった。


そのあと史明くんと帆稀さんに会ったら嫌だな……なんて思ってたら、会社絡みの後片付けを言われて
裏方にまわったから2人に会うことはなくてホッとした。

片付けながら思い出すのは、腕を組んで嬉しそうに微笑む帆稀さんと、はにかむように笑ってた史明くんの姿。

自然な感じだったな……2人とも一緒にいるのがあたり前みたいな雰囲気出てたし……。

「…………」


私はその日……もう史明くんと会うのはやめようと心に決めた。




そうと決めたら、私の行動は早かった。

金曜の夜に創立記念パーティがあって、次の日の土曜日には不動産屋を回り新しい部屋を決めた。
そして日曜日に引越し業者に仕事を依頼して、火曜日に引っ越すことを決めた。

だから日曜日は、荷物をまとめるのに費やした。
夜遅くまでかかった。

月曜日は早めに出社して社内の創立記念用に飾ってたものや、貼っていたものの回収やら後片付けに追われた。

火曜日は勤めてすぐにお休みを貰ったのは心苦しかったけれど、仕方ないと割り切って休ませて貰った。
荷物を業者のトラックに運び終え、ガランとした部屋を見渡してなんとも寂しい気持ちになる。
辞めた会社同様に、今までお世話になった部屋にペコリと頭を下げて玄関のドアを閉めた。

新しい住まいは、今までの路線の反対側。
駅の数はひとつ増えたけれど、それほど苦になる距離じゃなかった。

新しい部屋に向かう途中で、史明くんの電話もメールも着信拒否に設定した。
本当は金曜の夜から拒否してもよかったんだけど、ヘタにそんなことをして不審に思った史明くんが
訪ねて来ても困るから出ないことにした。
1度携帯に電話がかかってきたけど、私は出ずにそのままにしておいた。
そのあとメールが届いて、仕事が忙しくてしばらくウチには来れないと書いてあった。
それでも仕事が落ち着いたら必ず行くと書いてあった。

それは好都合と思いつつ “体に気をつけてお仕事頑張ってください” とだけ打って送り返した。

私からの……史明くんへの最後のメール。

「はぁ……」

携帯のアドレスから彼の登録を消去することはできなかった。

いつかきっと消せるときが来るまで……そのままにしておこうと思った。

未練かな……なんて思うけど、そのくらいは許してほしい。




「引っ越されたんですか?」

目の前に帆稀さんの笑顔。
水曜日、住所変更の書類を出しに来たらた、たまたま受け付けてくれたのが彼女だった。

「ええ……」

私……ちゃんと普通の顔と声だろうか?

「じゃあ色々大変ですね」
「まだ荷物のほとんどがそのままなんです。今度の休みにまとめてやろうと思って」
「週末天気がいいそうですから、きっとはかどりますよ」
「はい……頑張ります」

いつものニッコリスマイルに、今日も癒されながらも複雑な心境だった。
帆稀さんは私と史明くんが知り合いだとは知らないみたい。
まあ、言えるわけないんだけど……。
史明くんも私が帆稀さんの会社で働いてることを、まだ知らないみたいだし。

何気に視線を向けた右手に指輪はなくて、ちょっとホッとしてる自分がいる。
きっと仕事のときはできないような、ゴージャスな指輪だったんだろうな。



自分の席へ戻るために廊下をトボトボと歩いてる。

本当ならここも辞めたほうがいいと思ってはいる。
知らなかったこととはいえ、帆稀さんの婚約者と身体の関係を持ってしまったのだから。

帆稀さんに対する罪悪感で、鳩尾あたりと心臓がズキズキと痛む。

ただ、辞めるにしても入社してからまだ日が浅い。
逆に辞めるならそのほうがいいのかもしれないと思ったけれど、今回の引越しで
けっこうな出費になってしまった。
それに辞めて、次の仕事がすぐに見つかるかも今の世の中わからない。

ここに決まったのがあまりにもスムーズだったから、もしかしたらそこで運を使い果たしてて、
次はなかなか決まらないかもしれない。

そう思うと、すぐに辞めるということの選択が難しくなってしまう。

でも……そう遅くならない時期で、辞めることになるだろうと思った。
勝浦さんに怒られるだろうな……と、さらに気持ちは落ち込んだ。

あのニセ婚約者様のときは、ここまでの気持ちは湧いてこなかった。
多分心のどこかで、あの人のことは認めてなかったのと、どうも現実的じゃない気が
したからかもしれない。

史明くんがあの人を選ぶなんて、信じられなかったから。
案の定ウソだったわけだけど。

でも帆稀さんとは、なんだかストンと心の中で納得してしまったのだ。
彼女なら史明くんとお似合いだと。

以前から親しかったみたいだし……と言うか、この会社とは親戚繋がりと言っていたから
きっと子供頃からの付き合いだったんだろう。

でも、だったら帆稀さんに頼ることも出来たんじゃないだろうか?
そう思ったけれど、帆稀さんとはだいぶ歳の差があると気づいた。
年下の彼女に婚約者の立場で、自分の弱みは見せられなかったのかもしれない。

「はあ……」

あの日のことは、私は一度も後悔なんてしていない。

でも、現実に史明くんの相手を目の前にしてみると、親しくなってた相手だっただけに
罪悪感だけは留まることをしらずにいつまでも溢れてくる。

ごめんね……帆稀さん……。


色々と落ち着いたらまた新しい会社を探そうと決めて、エレベーターのボタンを押した。








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