「クラッシック・コンサート?」
「はい、昨夜裕平ちゃんが話すの忘れちゃったんですって」
バカですよね〜、なんて言いながらランチルームで向かい合って座った帆稀さんが、笑顔で話し出した。
どうやら二日酔いは、しなかったらしい。
意外とお酒強いんです、なんて言ってたけど。
「もともと頂きモノなんですけど、裕平ちゃん急に用事が入って都合がつかなくて、
なので久遠さんと行ってくればって」
「でも……勝浦さんはどうです?」
昨夜も帆稀さんと2人で飲みに行ってしまったから、なんとなく勝浦さんを見てしまった。
「私はパス!クラッシックなんて、きっと途中で寝ちゃうもん」
「え?そ……そうですか?」
結構な音量になると思うんだけど……“子守唄に聞こえる” なんて言ってる。
「だから私に遠慮しないで、梨佳ちゃんと行ってきなよ」
「はあ」
「久遠さんクラッシック苦手ですか?」
「いえ……そうじゃないんですけど……」
帆稀さんとふたりっきりっていうのが……心苦しいというか……。
ふたりきりは避けたいと思い始めてからのほうが、一緒にいる機会が多い気がする?
「チケット代高いんでしょ?申し訳なくて」
「そういうことは気にしなくていいですよ。もともと裕平ちゃんだって、タダで貰ったんですから」
「そうですか……」
「今度の土曜日の6時からです。なので、待ち合わせはこの会場のロビーで5時半でいいですか?」
「……えっと」
どうしよう……都合が悪いって言えばいいのよね?
で……でも私、ウソが下手なのよね……。
「じゃ……じゃあ遠慮なく……」
「良かった〜♪ そのあと食事もしましょうね」
「はい……」
「ウフフ♪ 楽しみです」
「はあ……」
ああ……これで帆稀さんとふたりっきりで出かけるのが最後になりますように!
これ以上は私の心臓がもちません!!
上機嫌な帆稀さんとは対照的に、憂鬱な数日を過ごし、あっという間にコンサートの日になってしまった。
「あ!久遠さん」
「帆稀さん」
「良かった。迷ったりしませんでした?」
「駅からわかりやすかったので、大丈夫でしたよ」
「そうですか。じゃあ行きましょうか、これチケットです」
はい、と渡されて私と帆稀さんは受付に向かって歩き出した。
コンサートは名のある指揮者と、最近デビューしたというバイオリニストの協演だった。
ほとんどが初めて聞く音楽だったけれど、もともとクラッシックは嫌いじゃなかったから
演奏が全て終わったあとは感動で胸が一杯だった。
「はあ〜〜感動したぁ……実はクラッシックのコンサートって、今日が初めてだったんです」
「そうなんですか?じゃあ、今日久遠さん誘って正解でしたね」
「帆稀さんは?」
「私は何度か。父親が連れてきてくれました」
「そうなんだ」
やっぱり育ちのいい人は違うのね……私の父親が私をクラッシックのコンサートに連れてってくれる?
ないない。
「久遠さん、お時間大丈夫なんですよね?このあと食事付き合ってくださいな。裕平ちゃんが
気を利かせてお店予約してくれたんです。しかも、裕平ちゃんの奢りです」
「え?予約……ですか?そ、そんな気を使っていただなくても」
「いいんですよ、お金だけは持ってるんですから。高い給料貰っても使い道がないんです。
可愛そうな男なんです」
「……えっと……」
「さあ行きましょう!ここからだとちょっと距離があるので、タクシー捕まえますよ」
「あ……あの……」
もう決定事項らしく、私は帆稀さんに腕を掴まれて引っ張られるようにロビーを抜けて表に出た。
「ここです」
タクシーに乗って15分ほどした場所で降りると、目の前に洒落たおもむきのレストランが立っていた。
──── 高そう……それ以外の感想が出てこなかった。
コンサートということだったから、それなりの服装で来てたから慌てたりはしなかったけれど……
私には敷居が高いとういか……テーブルマナー大丈夫かしら?
「さ、久遠さんどうぞ」
「なんだか北見さんに申し訳ないわ……」
「だから、気にしなくていいんですって。ここ私達にはお馴染みのお店なんですから。オーナーが
裕平ちゃんとふみクンの知り合いなんです。だから、きっと存分にコネ使ってると思いますよ」
「そうなの?」
こんなところで、史明くんの交友関係を垣間見ることになるなんて……なんか複雑。
「ウフフ♪」
「?」
ナゼか、帆稀さんが楽しそうに見えた。
きっとコンサートが良かったのと、ここの料理が美味しいからなんだろうと思ってた。
だってタクシー代以外は全部奢りで、お金が一銭もかかってないんだもの。
なんて、それで帆稀さんが楽しそうだと思うのは一般庶民の考えなんだろうか?
自分と一緒にしちゃいけないかも。
入ってすぐに係りの男の人がついて、帆稀さんが名前を言うと広い店内のテーブルの間を縫って、
窓際の奥のほうの席に案内してくれた。
予約したと言っていたから、席も指定されてるんだとそのとき納得した。
周りにも何席か空いてるテーブルがあったけれど、なぜかすでに誰かが座ってるテーブルに
案内されそうな雰囲気だった。
「おう!」
「お待たせ」
片手をあげたのは、北見さんだった。
ああ……待ち合わせをしてたんだ、と納得して私に視線を移した北見さんにペコリと頭を下げた。
そして彼の隣の席に、他にも座ってる人がいることに気づいた。
会釈くらいはしたほうがいいかな?と思って隣に座る人に視線を向けると、ナゼか驚いてる顔が
飛び込んできた。
「…………」
“呆けてる” と言う言葉がピッタリくるほど、その人は私を見て固まってた。
「………え?」
なんで?
それがその人を見て、最初に思ったこと。
「静乃さん!?」
ガタン!と音がするほどの勢いで、その人がイスから立ち上がった。
「 「 「 !! 」 」 」
帆稀さんと北見さんと案内をしてくれた係りの人達がその声に驚く。
「史明くん……なん……で?」
どうしてここに、史明くんがいる……の?
頭の中は疑問で一杯になってる。
「静乃さん!!」
彼がテーブルを回って私のほうに近づこうとして、ハッと我に返った。
一瞬、頭の中がパニックになってしまった。
だけど瞬時に思考回路が動き出した。
──── 逃げなきゃ!!!
そう思った瞬間、今歩いてきたほうに踵を返し、お店の中にもかかわらず走り出した。
猛ダッシュと言っていいほどの駆け出しぶりだった。
「あ!!ちょっ……静乃さん!!待って!!」
走り出してすぐに、史明くんの私を呼び止める声がしたけどそんな声は無視をした。
まだ、ふたりっきりなら考える余地もあったけど、帆稀さんもいるこの状況で話なんてできるはずもない。
とにかく逃げなきゃ!それしかそのときの私の頭の中にはなかった。
そのときの私はツイていたんだろう。
お店から飛び出すまで誰にもぶつからず、邪魔されずストレートにお店の入り口まで走ってこれた。
お店から出るときに、入り口のドアノブを掴みながら後を振り向くと、史明くんの姿はなかった。
でも奥から 「すみません」 とか 「ごめんなさい」 とか聞えてたから、史明くんは途中で誰かと
ぶつかりそうになったのかもしれない。
私はそのまま外に飛び出すと、周りを見渡した。
さらに運のいいことに、お店の前でちょうどタクシーから降りる人がいた。
私はそのままそのタクシーに滑り込むと、シートに身を屈める。
「すみません!すぐ出してください」
そう言うと運転手さんはちょっとビックリしたみたいだけど、慣れたもので何も言わず車を出してくれた。
車が走り出したあと、シートから身体を起こして後ろのガラス越しにお店のほうを振り返ると、
史明くんがお店の前で呆然と立ち尽くしてた。
「はあ〜〜〜」
私はそのままシートの背にもたれながら、ズルズルとずり落ちて溜息をついた。
まさかこんなところで会うなんて思いもしなかった。
心の準備も気持ちの整理も、何一つできてなかったのが嫌というほどわかってしまった。
「史明くん……」
一瞬しか顔は見れなかったけど、少し痩せたかな?というかやつれてたっぽい?
あの場所にいたということは、帆稀さんの婚約者として紹介するつもりだったのだろうか?
そんなことを考えてたら、運転手さんの訪ねる声が遠くで聞こえた。
「どちらまで?」
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