想い想われ?



02・史明・静乃視点




「……ん……静乃さん」
「ふぁ……ぁ……史明く……んんっ……」

何度も何度もキスを繰り返して、私の目じりに史明くんの唇がチュッと口付ける。

「泣かないで……」
「だって……嬉し泣きだもの……仕方……ないじゃない……」

今度は私がクスンとハナをすする。

「泣くほど嬉しく思ってくれるんですか」
「うん……嬉しい……」
「静乃さん!!」

それを合図のように、史明くんの唇が私の身体中に落ちてくる。
柔らかくてあったかくて……優しい。

「史明……くん……」
「はい」
「本当に……私で……私なんかでいいの?」
「?」

スルリと史明くんの下から腕を伸ばして、首にからめる。
そして、じっと史明くんの目を見つめた。
史明くんも私を見下ろしてじっと見つめる。

「付き合ってる……人が……いるって……わかってたのに……知らん顔して……史明くんに会ってた……
今は誤解だって……わかったけど……」
「静乃さん……」
「そんな……嫌な女なのよ……私……」
「それは……」
「…………」

「僕、限定だから許します」

「……え?」
「僕以外の男性相手なら相手がいることがわかった瞬間、あきらめてください。でも僕が相手ならあきらめないでください。
僕を奪ってでも、静乃さんのものにしてください」
「史明くん……」
「僕は静乃さんのものになりたい」

私の頭や頬を優しく撫でながら、潤んでるとは違う瞳で私を見つめ続ける史明くん。

やだ……いつもの史明くんじゃないみたい。
そりゃ、こんな雰囲気なんて今までなるようなことはなかったけど……なんか……史明くん妙に艶っぽいんですけど?

「静乃さん……」
「……ぅん…」

啄むようなキスをして、そこから深い深いお互いを求めあうキスをする。
どのくらいそんなキスをしただろう?
チュッと軽い音をたてて、唇が離れると首筋に唇がおりて押しつけるように鎖骨にも唇が触れる。

さっきのキスでクラクラしてる私は、なんの抵抗もなく史明くんにされるがまま。
最初から抵抗する気なんてないけど……。

「いい匂いがします……」
「……え?あっ……」

触れるだけのキスと時々舌先で肌をかすめながら鎖骨からまた首に戻って、
今は耳朶を甘噛みされてる。
甘噛みしながら、ハナの先を耳の後ろに擦り付けるようにしてクンクンとハナを鳴らす。

「静乃さんはいつもいい匂いがします」
「史明……くん……」
「静乃さん」

いつの間に外したのか上着のボタンが全部外れてて、史明くんがなんの迷いもなく肩から上着を脱がす。

「はっ……ぁ……」

そして露になった私の胸にそっと唇で触れると、慈しむように “ちゅっ” と吸い上げた。




月曜日の朝、僕は朝から最高にいい気分だった。
まあ前日から最高にいい気分だったんだけれど。

なんせ、求めに求めていた静乃さんと想いが通じ合ったから。
しかも、今朝までほとんどベッドから出ずに静乃さんと愛を育んだし♪

今まで抑えていた分、静乃さんを求める反動が大きくて自分で抑えることができない。
静乃さんには無理をさせてしまってると思うからこれからはちょっと気をつけようと
今朝の静乃さんを見てそう思った。

でも、昨日の行為は少しは許してほしいと思う。

だって……やっと静乃さんが僕のものになったんだからぁ〜〜〜♪♪

仕事だって今まで以上に気合が入ってヤル気がみなぎる。
早く仕事を片付けて、静乃さんが待つ部屋に一刻も早く帰るんだ!

朝はもちろん僕の車で一緒に出勤。
帰りは僕とは時間が合わないけれど、車を使ってほしいと言ったのに静乃さんに断られてしまった。
まあその辺は、おいおい考えるとしよう。
まずは一緒に暮らすことと、先に籍を入れること話し合わねば。

その前に、父にその辺のことを報告にと朝一で社長室に足を運んでる。


「おはようございます」
「おはようございます。副社長」

いつものように、姿勢の正しい社長付けの秘書の兼子さんは40代の男性で既婚者。
もう10年近く父についてるはずで、すんなりと僕は部屋の中に入れてもらえて父である社長の前に通された。

「兼子さん、申し訳ないのですが少しの間だけ席を外してもらえますか」
「はい。ではなにかございましたらお呼びください」

そう言って一礼すると、静かに社長室を出て行った。

「おはようございます」
「ああ、おはよう。こんな朝っぱらから珍しいな、史明」

社長室のかなり大きめの真っ黒なデスクのイスに、久しぶりに会う父が座っていた。
何かの書類に目を通していたらしく、新聞やテレビを見るときにかけるメガネをかけていた。

「どうした?なにかあったか」
「実はお父さんに話がありまして」
「話?」
「はい」
「仕事のこと……ではなさそうだな。お前が私を会社で社長と呼ばないときは、プライベートの話のときだからな」
「はい」
「だったら今夜、家でゆっくり話そう。ここしばらくお前ウチのほうに帰ってないじゃないか」
「夜まで待てないんです」
「んん?そんな急な話しなのか?」
「はい。早めにお父さんの耳に入れて許していただかないと次に進めないので」
「なんだ?お前がそんな態度だとちょっと警戒するな」

かけていたメガネを外しながら、ワザとらしくイスの背凭れに逃げる。

「そんな警戒するような話ではありませんよ。実は……」
「実は?」

「結婚することになりました」
「…………は?」

ニッコリと微笑む僕を父はとんでもないマヌケ面で見てる。

「結婚?」
「はい」
「誰が?」
「僕が」
「誰と?」
「静乃さんと」
「静乃さん??」
「はい、静乃さんです」
「静乃さんって……誰だ?」
「ですから、僕の結婚相手です」
「いつからそんな女性と付き合ってた?」
「知り合ったには3ヶ月ほど前ですが、付き合いだしたのは昨日です」
「はあ?昨日?」
「はい、ちょっとした行き違いと誤解で、昨日やっとお互いの気持ちが通い合いました」
「それでもう結婚か?」
「はい、もう僕は静乃さん以外なんて考えられませんので。だったら先延ばしにする意味がありませんから。
早く完璧に僕のものにしたいですし、彼女のご両親にもお父さんがとても喜んでくれたとご報告がてら、
結婚のお許しを貰いに行きたいと思ってますので、お父さんは今ここで快く承諾してください」
「ず、ずいぶん乱暴な物言いだな……どこのお嬢さんだ」
「ごくごく普通の一般の家庭のお嬢さんです」
「…………史明はそれでいいのか?」

父の “それでいいのか?” はそんな一般家庭のお嬢さんを、こちらの世界に引き込んでもいいのか?という意味だ。

僕の父は僕がどんな相手と結婚するとしても文句は言わない。
ただ、僕の伴侶となると、それなりの知識と教養が必要になる。
静乃さんのあの物腰ならあのままでもそうそう相手に不快感を与えるとは思えないけれど、せめて簡単な英会話は
話せるようになってもらいたいし、他にも浅く広くでかまわないからある程度の社交性は身につけてもらうことになると思う。

「いいのか?というよりも、そのお嬢さんはちゃんと史明を支えてくれるのかな?公私共に」
「…………」
「大丈夫というなら私は史明がどこの誰と結婚しようがかまわないよ。史明が選ぶ相手が我が社に
不利になるような相手とは思わないからね」
「お父さん……」
「どうなんだ」
「きっと……しなくてもいい苦労を負わせるかもしれませんが、僕が静乃さんを支えます」
「…………」
「そしてそんな僕を静乃さんは支えてくれる。見ててください、今まで以上に仕事で成果をあげますから」
「ほう」
「静乃さんが僕と一緒に居続けてくれる限り、僕は静乃さんとのバラ色の生活と人生のために仕事に励みますから!」
「くっ!……バラ色の生活と人生か」
「笑い事じゃありませんよ。もしも静乃さんと結婚できなければ、僕の負のオーラでこの会社傾けてみせますから」
「それはすごいな」
「それに、すぐに可愛い孫に会わせてあげますよ」
「んん?そうか……孫か……それは魅力的だな」
「では、僕の結婚には快く承諾していただけるんですよね」
「そうだな……史明が決めたのなら私は何も言うことはない」
「ありがとうございます」
「だた……」
「はい」
「途中で泣き言を言うなよ。それから静乃さんを悲しませるようなことと、不誠実なことは私は許さないからな。
私の息子だろうが容赦はしない」
「はい、そんなことは絶対にしません」
「そうか……じゃあ今度うちに連れておいで。真湖にも紹介しよう」
「……はい」
「もう行きなさい」
「はい」

きっと僕が部屋を出たあと、父は机の上に置いてある母の写真に向かって話しかけるんだろうと思う。
両親は恋愛結婚だった。
大学時代に知り合って、大恋愛の末に結ばれたらしい。
と、父は言っていたけれど、どうやら父のほうが母にベタ惚れだったらしい。

今でもハッキリと憶えている。
母が亡くなったとき、病院のベッドで眠る母の手を父はずっと握っていた。
そして優しく髪を撫で頬を撫でて……そっと母にキスをしていた。

きっとあれはお別れのキスだと子供ながらに胸がキュンとなったのを憶えている。

父はとにかく母を愛していた。
だから母が亡くなってから20年以上経つのに、父は再婚をしなかった。
けっこう再婚の話はあったはずなのに父は全て断った。

でも今ならわかる。
僕だって静乃さんがいなくなったからといって、他の誰かとなんて思えないから。

そんな想いにふけりながら、軽く頭を下げて社長室を出ようとしたとき声を掛けられた。

「ああ、そういえばあの人はどうするんだ」
「はい?」

あの人?あの人とは一体??

「ほら、お前と結婚の約束をしていた人だよ」
「…………は?」
「なんだ、憶えていないのか?お前から結婚を申し込んでいたじゃないか」
「はあああ???ぼ、僕から申し込んだですって?」
「ああ、そちらとはちゃんと話はつけているんだろうね?」
「……………」

いや……全然、まったく、記憶にないんですけど??

っていうか、また僕に婚約者ってことですか??



「はぁ〜〜」

月曜日の朝、私は朝から溜息ばかり。

日曜日、史明くんが私の部屋にきて今までのありとあらゆる誤解を解いたあと、お互いが求めあうまま身体を重ねあった。
まあ……私もそうなってもいいとは思っていたけれど……まさか、今日の明け方まで離してもらえないんて思わなかったわよ。

そういえば、史明くんってあっちでは二重人格?と思えるほど激しかったんだったと、途中から思った。
後の祭りだけど。
なんせ、ああいう行為は久しぶりで、すっかり忘れていたから……あんまりにも史明くんが嬉しそうにするから、
つい押し切られてしまった。

「でも……次はちょっと加減してもらわないと……せめて会社のある日は……」

そんなことを呟きながら、ヨロヨロと歩いてると後から私の名前を呼ぶ声が。

「久遠さーーーん!!」
「え?」

笑顔全開の帆稀さんが、両手を広げて私に向かって走ってくるのが見えた。
でも、そのあまりの笑顔に思わず後ずさってしまったのは仕方のないことよね?
そんな私にかまわず、帆稀さんがぎゅっと私に抱きついた。

「久遠さーーん、おめでとうございます!!」
「え?なに??」
「ふみクンから聞きました。お付き合いするんですよね?しかも結婚前提で」
「……え?なんで?」

知ってるんだろう?

「昨日ふみクンから、電話もらいました」
「え?そうなの?」

いつの間に……って、ほとんどベッドの中でイタシていたか眠ってたかで昨日の記憶は曖昧なのよね。
多分、私が眠ってる間に電話したんだろうな。

「あまり詳しい話は聞いてないんですけど、まずはごめんなさい!」
「へ?」

いきなり目の前で頭を下げられた。

「ほ、帆稀さん?どうして?」
「だって私とふみクンのこと誤解して、ふみクンの前からいなくなったんでしょ?」
「え……っと……」
「ふみクンから聞いてはいると思うけど、本当に誤解でふみクンが困ってたから幼なじみのよしみで協力してただけだから」
「え?……そうなの?」

あれ?確か穂稀さんに北見さん以外の男の人が近づかないためじゃなかったっけ?

「私、ふみクンのことは歳の離れた優しいお兄さんとしか思ってませんから!」
「は……はい……」

もう、いつもの可愛い瞳が “私の言うことを信じてっっ!!” って訴えてくるから……ちょっとテレる。

「それと、あの嘘つき女のことですけど……本当にいいんですか?」
「え?」

嘘つき女?……ああ!佐渡さんのこと?

「久遠さんが受けた屈辱を、何十倍にもして返せばいいんですよ!ふみクンだってヤル気満々だったし、
私だってもしなにか協力できるんだったら、パパの知り合いの弁護士に頼んだっていいんですよ」
「いえ……そのことはもう……」
「本当に?本当にいいの?久遠さんにはその権利は十分にあるのよ?」

またいつもの可愛い瞳に見つめられた。
今度はとっても真剣な眼差しで、チラチラとやる気の炎が見える気がする。

「はい、いいんです。辞めたときはちょっと辛かったですけど、今はそのお蔭でこの会社に入れたし、
良かったって思ってるんです。勝浦さんと帆稀さんとも仲良くなれましたし」

史明くんにも言った同じ言葉を言って帆稀さんにも説明した。

「久遠さん」
「それにお給料もこの会社の方が高いし、会社も綺麗で気に入ってるんです」
「久遠さぁ〜〜ん!!」
「っと……」

またぎゅっと抱きつかれて、穂稀さんがうるうると目を潤ませた。
そんな目で見上げられて……なに?ナゼか帆稀さんの頭に動物の耳が見える。
お尻の辺りには揺れる尻尾まで……どうみてもコレは小型犬の雰囲気。
しかも血統書つきのセレブ小型犬?

さすが従兄妹かしら?……弱いわ〜〜無条件で負けそうになる。

「今度ゆっくりと、色々なお話聞かせてくださいね?あ!今夜ダメですか」
「えっと……多分しばらく無理だと思う……」
「そうなんですか?」
「史明くんが早く帰るからって言ってたし、夜のお誘い禁止令が出ちゃってて……」
「もーーーふみクンったら、久遠さん独り占めするつもりなのね!」

ああ……怒って膨らませたホッペが可愛いわ。

「いいです。直接ふみクンに交渉しますから。それでOKもらって飲みに行きましょう!」
「それなら私はかまわないわ」
「んーーもう、久遠さんってばふみクンに甘いですね」
「え?そ、そうかしら?」
「だって、今から堂々と束縛始まってるじゃないですか」
「そ、そう?」

あんまりそんなふうに考えたことなかったな。

『仕事早く片付けてすぐ帰りますので、一緒にご飯食べましょう!静乃さん♪』

って、ニッコリ笑顔で言われたら “はい” って答えるしかないし、別にそれが普通だと思ってたし。
甘い?のかしら?それって。

「じゃあ、またお昼にでも」
「そうね、またあとで」

そう言って、お互い手を振って自分の職場に歩き出した。




「ですから一体どこのどなたですか?僕が結婚の申し込みをしたという人は?」

静乃さんとの交際と結婚の報告をしに、父である社長と話しが終わって帰るところに父からの爆弾発言。
僕が結婚の申し込みをした相手がいると言う。

「なんだ、憶えていないのか。薄情な男だな」
「ですから、どこの誰に結婚を申し込んだって言うんですか」
「ほら、ウチで家政婦をしている蛍子さん」
「はあ?」

本宅で家政婦をしている蛍子さんのことは知っている。

「蛍子さんって確か、御年52歳じゃなかったでしたっけ?お子さんも、もう成人を迎えた方が2人で、
お孫さんも生まれたと記憶してますけど?その蛍子さんですか?」
「ああ、お前が幼稚園の頃蛍子さんに纏わりついて、自分が大きくなったら結婚してくれと迫っていたじゃないか」
「一体いくつの時の話をしてるんですか?もう20年以上、前の話ですよね?」
「焦ったか?くくっ」

イスの背凭れに身体を預けながら、クスクスと笑ってる僕の父親。

家で働いている人達の中で、テルさんの他に僕に親身になって接してくれたのが家政婦の蛍子さん。
サッパリした性格の人で、僕の子供ながらのプロポーズに 『申し訳ありません、史明ぼっちゃま。
私はもう決まった相手がいるのでございます』 と言ってニッコリと笑った人。

まあ、子供の戯言とあっさりとスルーされてたけれど……そう言えば、あれが僕の初恋だったのか?

しかし……父は佐渡さんのことは知らないはずだから、ワザとではないと思うけど、タイミング悪すぎですよね。
空気読んでくださいよ……って無理でしょうけど。

「まったく……悪趣味ですね」
「いや〜蛍子さんも喜ぶと思ってな」
「そうですね」
「今日にでも報告しておくよ」
「はい……お願します」


僕はそう言って軽く頭を下げて、社長室を後にした。

廊下を歩きながら、静乃さんの笑顔を思い出して、顔が緩んでしまうのは許してもらうことにしよう。








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