「静乃さん、ただいま」
「お帰りなさい」
鍵を持っていながら、いつも玄関のチャイムを鳴らして静乃さんが玄関のドアを開けてくれるのを待っている。
そしていつも僕が望んだとおりのエプロン姿の静乃さんが、僕を迎えてくれる。
一緒に暮らすようになってから、朝も帰りも森末さんの運転する車で移動してるから、
何も心配することがなくなった。
今までは仕事帰りに事件に巻き込まれていないか、変な輩に手を出されてはいないかと、
無事に帰宅できたか毎日心配だった。
だから、いつも帰宅したらすぐに僕にメールを寄こすことを約束させて、メールが届く度にホッとしていたけれど、
自分の目で確かめるまでは安心できなかった。
でも、ここに来てからは “今、家に着きました” のメールもかなり安心して確認することができる。
そのあと、自分が帰るまでも今までの静乃さんの住んでたところに比べたら、安心できる住まいだったので
不安な気持ちもだいぶ薄らいだ。
ただ、未だに僕は静乃さんがまたいなくなってたら……という不安が消えない。
あの出来事が、トラウマに近い状態になってるんじゃないかと思う。
だから強引に一緒に住んで、籍を入れて……子供でさらに僕から離れなれないようにしたかったんだけど……
残念なことに子供は未だに僕達の間には訪れていない。
結構期待していたんだけど、こればっかりは授かりものだから仕方ない。
完食したお弁当箱を渡しながら、感謝の言葉を言う。
静乃さんはうれしそうに、にっこりと笑って僕から空になったお弁当箱を受け取る。
“明日も宜しくお願します” と言うと “はい” と明るく答えてくれた。
それから作りたての静乃さんが作った料理を食べて、僕はとても満足だ。
やはりこの味を他の誰かと共有するなんてとんでもない。
断って、よかったと思う。
裕平はなぜか、複雑な顔をしていたけれど。
「静乃さん、ちょっといいですか」
「はい」
食事もすんで、お風呂も入って、ちょっとお酒なんかも飲んだあとキッチンにいる静乃さんを呼んだ。
パジャマに着替えていた静乃さんがリビングに入ってくると、ポンポンと僕の座ってるソファの隣を叩いて呼んだ。
「なに?」
ストンと僕の隣に座った静乃さんの腰に、すぐに手を回して僕のほうに引き寄せる。
「結婚式のことなんですが」
「結婚式?」
「僕としては、仕事が一段落して落ち着く3ヵ月後くらいでどうかなって思ってるんですけど、静乃さんはどう思いますか」
「3ヵ月後……」
静乃さんの腰に回している手とは反対の手で、静乃さんの左手を掴んで結婚指輪を指先で撫でる。
僕の左手の薬指に光る指輪と同じデザインの指輪。
婚約指輪は静乃さんにとって、どうやら緊張させてしまったらしいから、結婚指輪は2人で選んで何事もなく
いつも左手の薬指にはめていてくれる。
「その前にやっと父の仕事も一段落したらしので、今度の日曜日に会いに行くことになりました」
「今度の日曜日」
「はい」
「は……い」
「ぷっ!」
「え?」
静乃さんは気づいていないんだろうか?
「静乃さん、さっきから僕の言葉を繰り返してますよ」
「え?そ……そう?」
「はい、なにか気になることがありますか」
「え?あ……ううん、何もないわよ……ただ」
「ただ?」
「結婚式だなんて、緊張するなーって思っただけ」
「そうですか?僕は本当は2人きりで挙げるだけで良かったんですが、僕の仕事柄そういうわけにもいかなくて……
静乃さんには苦労をかけてしまいますけど」
「そんな、苦労だなんて思わないわよ」
「ありがとうございます」
「ううん」
2人で寄り添って、額をくっ付けながらクスリと笑い合う。
「静乃さん」
「史明くん」
どちらともなく近づいて、触れるだけのキスをした。
何度も何度も触れては離れて、そして静乃さんを抱きしめる。
「好きです……静乃さん……大好きです」
「私も」
「あのときも、静乃さんにそう言えばよかった」
「史明くん……」
「今さらですけど……それでも、未だに後悔してるんです」
「でも今は、こうやって一緒にいるじゃない。今となってはいい出会いの話よ。
子供にも2人の出会いはこうだったのよ、って話してあげられるわ」
そう言って僕の背中に回された手で、トントンと僕の背中を叩く。
それがとても心地いい……。
「…………そうですね」
僕達の子供……いつかそんな日が来るんですよね。
「静乃さん」
「ん?」
ちょっとだけ身体を離して、静乃さんの顔を覗き込む。
「最初から僕のことを、想っていてくれていましたか?」
「…………」
静乃さんが僕の顔をマジマジと見てる。
え?もしかして違ってた?
「もちろん、想ってたわよ」
その言葉に、僕の心と身体が癒されて満たされる。
「史明くんは」
ニッコリと笑いながら、静乃さんが僕に聞く。
本当はもうわかってるのに……。
「もちろん、僕も想っていましたよ」
そう、僕達は最初から……想い想われていたんですよね。
それに気づかずに、ちょっとだけ回り道をしてしまったけれど、今はお互いの想いがカラ回りすることはありませんよね。
史明くんから結婚式の話しがあって、それが3ヵ月後ではどうかと言われた。
もう先に籍は入ってるから、当然のことなんだけどやっぱり普通の家庭同士の式とは違うとわかって、
ちょっとだけ緊張する。
他の人に失望されないかしら…とか、史明くんに迷惑がかからないかしら…とか、変な不安だけが募る。
でもそんな不安は、史明くんの 『大丈夫です。僕がいつも、静乃さんの傍にいますから』 って
言ってくれるとホッとしてしまう。
その言葉と一緒に触れるだけのキスが、額やら瞼やら色々なところに落とされると、不安に思ってたことが
いつの間にか消え去ってしまうから不思議。
お互いの気持ちを確かめ合って、そのまま寝室までお姫様抱っこで運ばれる。
そっとベッドに下ろされて、それからワケがわからなくなるくらい史明くんに翻弄されてしまう。
『ここでは思いきり声を出して大丈夫ですよ。ここの防音設備は完璧ですから。静乃さんの可愛らしくて素敵な声を、
僕以外に聞かれるなんてことはもう二度とありませんから。まあ、あのときは一度限りと思って、仕方なく納得しましたが
本当はあのアパートの住人全員の記憶を抹消してしまいたいくらいでした。
さあ静乃さん、僕に……僕だけに静乃さんの声を聞かせてください』
だからって!人が意識飛ばすほど攻めるのやめてほしいんですけど!
あんな長い言葉の間もずっと身体は揺さぶられ続けてて、アラレもない格好させられてた。
言われなくても声、堪えることができませんってば!
本当に史明くんってば二重人格なんだから!
でも、ふと気づく。
「はぁ…はぁ……え?史明くん……」
なぜか史明くんが、避妊をしてくれてた。
でも……今さらどうして??今まで全然そんなこと気にしてなかったのに?
「いえ、もし今妊娠したら、式のときつわりが始まって辛いかもしれないじゃないですか。
それに式までに静乃さんには少し覚えていただくこともありますし、それがストレスになって
お腹の子に悪影響になったら困りますので、子供は式が終わってからでと思いまして」
「は?」
私のそんな言葉に史明くんは “なにか?” って顔をする。
なにかじゃないでしょ!?
子供ができちゃうかもしれないからって、先に入籍したんじゃなかったでしたっけ??史明くん!
「史……」
そう言ってやろうかと思ったら、準備を終えた史明くんが私の足を割って自分の身体を滑り込ませてきた。
本日2度目……今夜も寝させてもらえないのかしら。
「静乃さん」
ニコニコと本当に嬉しそうに微笑みながら、私を見下ろしてる史明くん。
ああ……また、頭とお尻に犬の耳とシッポが見えるわ。
しかも嬉しそうに、パタパタと動いてる。
「史明くん」
泣き虫で優しくて、でもちょっと強引で……私のことをとっても大事に思ってくれる人。
そんな史明くんの頬に手を伸ばして、優しく撫でるともっと笑顔になる。
──── 私達……お互いに想い想われてるわよね?
「静乃さん」
名前を呼びながら背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめてくれた。
このぬくもりがずっとずっと、いつまでも続きますように……と心から願う。
そんな私の想いにこたえるように、史明くんから優しいキスが私の唇に贈られた。
〜〜 FIN
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