想い想われ?



番外編・消えた静乃さん・春織視点




「やだ、きっと史明くん帰ってきてる」

久しぶりに会った姉が、腕時計を何度も見ながら足早にマンションのエントランスに駆け込む。
そんな姉の後をついて行きながら、洒落たエントランスをじっくりと見回す。

高そうなマンションよねぇ〜いやいや、きっと高いんだよね。

先を歩く姉がペコリと頭を下げたからつられてそちらを向くと、カウンターの中に黒服の男女が2人、
丁寧に姉にお辞儀をしていた。
これが噂に聞く “コンシェルジュ” か……大企業の副社長っていう肩書きは伊達じゃないのね。
なんて感心するばかり。

急な姉の結婚話を聞かされて、そんな相手と挨拶に来ると言った日は自分はどうしても外せない用で
姉の相手には会えなかった。

両親の話だとお相手はなかなかの好青年らしいけど、たしか32歳だったっけか。
それまで相手がいなかったのか?とか、行く行くは大企業の社長になることを約束されてるそんな御曹司が、
同じようなどこぞのご令嬢ではなく平々凡々のウチのような一般家庭の、ごくごく普通の女を結婚相手に選ぶなんて
なにかあるんじゃないかと、しかも挨拶に来た次の日に
届けを出していきなり “夫婦” になってしまった。
これは急いで籍を入れなければいけなにか裏があるのかと思ったけど、姉を見てるとそんなことはなさそうで……。

そんなこともあって、これはひと目旦那様に会っておかなくては!ということでなかばワザと連絡も入れないで
姉のところに押しかけた。
突然のほうが、なにかと取り繕えないんじゃないかという思惑があったから。
まあ、観察対象の本人がまだ帰ってなかったのは誤算だったけど……そうよね、忙しいわよね。

それにしても、手持ちのお金が少なかったのは予定外だった。
それに、なぜか姉が焦ってるのが気になる。
あたしが連絡する前に、帰るコールがあったらしいからもう帰ってるかもしれない、って急に焦りだした。
でも相手は成人した大人の男でしょ?奥さんが帰ったときに家にいないからってそんなに焦らなくてもと思うんだけど。
なに?自分が帰ったときに玄関に三つ指ついて “お帰りなさいませ” とか言って出迎えないとダメとか?
そんなのいつの時代だっての!もしそうなら軽蔑の眼差しでひと睨みして、嫌味のひとつでもふたつでも言ってやるつもりだ。
セレブだからって、一般庶民をナメるなっていうのよ!!

なんて姉にはナイショでそんな決意を固めて部屋に向かった。


「あ!史明くん?やっぱり帰ってたのね」
「…………静……乃……さん?」

玄関をあけると、今まさに外に出ようとしてた人物と鉢合わせした。
多分この人が姉の結婚相手……旦那さんなのだろう。

けど……なんともマヌケな情けない顔で姉の名前を呼んだ。

「史明くんごめんさい、実は……」
「静乃さんっっ!!」
「きゃっ」

遅くなった理由を言う前に、旦那さんが、がばっ!!っと姉を抱きしめた。

「静乃……さぁ〜〜〜ん……静……乃さん……グズっ」
「ちょっと……史明くん?」
「…………」

どうやら一緒にいる私には気づいてないようで……視界の片隅にも入ってないらしい。

姉に抱きつくとその首筋に顔を摺り寄せて、グズグズと姉の名前を呼び続けてる。
その縋りつきようがなんとも哀れに見えるのは、あたしの気のせいだろうか?

「帰ってきて……くれたんですねーーーうぅ……」

は?帰ってきてくれたって……なに?姉が出て行ったとでも思ってたってこと?
それって前に経験済みだから、またそうなのかと心配だったってことよね?

一体何をした?旦那様?
縋って泣くほど心細かったんかい?って、どんだけ泣いてんの?いい大人の男が?
ホント、マジであたしの存在まったく気づいてないわよね?

「あ……ごめんね。奥がリビングだから、そっちで待っててくれる」

そんなあたしに気づいた姉が、廊下の奥を指差してそう言った。

「え?あ……うん」

自分でもそのほうが助かるし、言われるままに靴を脱いで勝手に置かれている来客用のスリッパを履いて、
リビングと思われる場所に向かって歩き出した。
う〜ん……初訪問の姉の家で本来の住人2人を抜きに、勝手にリビングに入ってソファで寛ぐって……どうよ?
どうやら姉とのやり取りでも、あたしがいたことに旦那さんはまったく気づかなかったみたいだし。

「しばらく時間かかるかな?」

そんなことを思いながら、座り心地抜群のソファに深く腰を掛けて背凭れに寄りかかった。


そのあと2人揃って現れたのは、あれから20分ほど経ってからだった。

「お待たせしてすみません」
「はあ……」

柔らかな物腰でそう挨拶を交わすあたし達だけど……どんだけ泣いたんですか?旦那様!?
ってくらい目もハナも真っ赤ですけど?瞼も腫れてるし……っていうか、今までなにをしていたのか
一目瞭然なんですけど?

なんせ姉の姿が、20分前とはエライ違う。

髪は梳かしたんだろうけど後頭部のあたりがクシャクシャになってるし、お風呂にも入ってないはずなのに、
何気に火照った顔に隠しても隠しきれないなんとも艶かしい雰囲気に潤んだ瞳。
しかも決定的なのは、姉の穿いてるスカートがさっきのと違うんですけど!?
なに?汚れたの??なにで??なんて正直にその理由を話したら引っ叩いてやる。
あんたら身内がいるってのに、なにやってんでしょうか?

っていうか、この目の前の男が手を出したに違いないと思う。うん、絶対そうだ。

姉が帰って来たときのあの反応。
きっと自分の気分を落ち着かせるために、姉に無体を働いたんだろう。
普段から優しい姉だから、きっと泣きながら縋りつかれて拒めなかったんじゃないだろうか。
じゃなきゃ今の、この落ち着きぶりと満ち足りた顔の説明がつかない。

「えっと……私の旦那様の “楡岸 史明” さん」
「初めして」
「……初めまして……妹の春織です。今日は突然お邪魔してスミマセン」

そんなに申し訳ないとは思ってなかったけど、一応頭を下げて挨拶は返した。
赤い顔はこの際置いといて、まあ見た目は親も言うとおり、なかなかの好青年って感じだ。

メガネをかけて頭も良さそうに見えるし……でも変態なんだろうか?いやいや、
こんな好青年みたいな顔して本当は鬼畜とか?怪しい。

「いえ、お会いできて嬉しいです。ゆっくりしっててくださいね」
「はあ……」

にっこりと笑ってる旦那さん。
でも多分、自分の顔は引き攣っているんじゃないだろうかと思う。
どうも素直に、この人を受け入れることができなくて……。

「ふ……ふふ……」

姉もそんなあたしを見てか、これまた引き攣った笑顔だ。
多分姉には、あたしがあのあと2人になにがあったのか察してるのがわかってるんだと思う。

なのに旦那さんはわかっていないのか、ただ単にシカトを決め込んでいるのか、当たり前のように
隣に座っている姉の腰に腕を回して自分のほうに引き寄せる。
いや、もしかしてこんな顔してドスケベとか?

色々な想像が頭の中を駆け巡って、ピクリとこめかみが引き攣ったのを気づかれただろうか?

「あっと……夕飯!食べましょうか」

気を利かせた姉が、気を逸らせるように話題を振る。

「そうですね。せっかく静乃さんが作ってくれたのに。春織さんも夕飯まだでしょう?一緒に食べましょう」
「はあ……えっと……お姉ちゃんいいの?」
「もちろんよ」
「じゃあ僕、手伝います」
「うん、お願い」
「じゃあ私も……」
「いえ、僕と静乃さんで用意しますから、春織さんはそこで座って待っててください。今、コーヒーをお持ちします」
「スイマセン……ありがとうございます」
「いえ、春織さんは静乃さんの大事な妹さんですから。あ!僕にとっても大事な “義妹” ですよ」
「………ハハ……」

旦那さんのそんな言葉に微笑を向けたけど、引き攣っていないか気になる。
義妹……そうか、私はこの人の義妹になったのか。
いつか姉が結婚したら、旦那さんからみたらそうなることは当然なんだけれど……。
逆に考えれば “義兄” ができたんだけど……多少憧れていたような気がするが……
現実はそうそううまくいかないのかもしれない。
 
確かに新婚さんだし?どうやら旦那さんは姉にいたくご執心のようだ。
だから入籍を急いだのも頷けたりする。
そういえば、子供もできているかもしれないとか言ってたっけ?

「では、ちょっとお待ちを」

丁寧な言葉と態度で、多分悪い人ではないだろうとは思うけど……初対面の妹が訪ねてきている中で
“そのような行為” をするのはいかがなものかと。
だったらバレないようにしてほしかった気もする。

キッチンに向かう旦那さんの背中を、なんとも言えない色々な感情の篭った視線で見続けてしまった。
相手はそんな視線に気づかなかったらしいけど。

そのあとの食事は会話も弾んで色々な話しが聞けた。
2人の出会いの話しや、普段の話を聞いてやはり旦那さんは姉にベタ惚れっぽい。
その辺りは微笑ましく思う部分なんだろうけど、やっぱり旦那さんの評価は今のところ微妙だ。

これから先、じっくりと観察させてもらおうと思う。
ベタ惚れで溺愛はまあいいとして、変態と鬼畜はいただけないからね。

あまりにもお姉ちゃんに無体なことを働いた日には、妹という立場でガツンと言わせてもらうと心に決めた。

しばらくそんな眼差しで “義兄” を眺めて警戒していたけど、その後何度か “義兄” のヘタレっぷりを
垣間見ることがあってからは “ああ、この人はお姉ちゃんがいないとダメなのか” と納得してしまった。

それに、何だかんだとひとりっ子だった旦那さんは、義理の妹である私を可愛がってくれたしね。






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