想い想われ?



番外編・愛し愛され? 02 静乃side




「おはよう」
「おはようございます」

いつもどおりの朝を迎えた。
というのは表向きで、意識していつもとかわらないようにしていた。
浮気を疑っているわけではないけれど、突きつけられる疑わしい証拠が気になると言えば気になる。
やっぱりここはハッキリと聞いたほうがいいかしら?
でも朝っぱらからそんな話もどうかと思うし……今夜ゆっくりと聞いてみよう。

そんなことを考えながらの食事は進むわけもなく、食べきる前に会社に行く時間になってしまった。
食器をキッチンに運ぼうとする私の後ろを、自分の食べた食器を持って史明くんがついてくる。

「あの……静乃さん」
「ほら、時間ないから史明くんも自分の支度して。はい、お弁当」

自分の食器をシンクに置いて、振り向き様に史明くんの持っていた食器を受け取る。
それもシンクに置いて、そばに置いてあった史明くんのお弁当を渡す。

「あ……はい……ありがとうございます……」
「?」

なにか言いたそうな史明くんだったけど、私はあえて気づかないふりをして汚れた食器を洗いだした。
背中で史明くんがそっと息を吐いたみたいだけど、それもあえて無視。

私だってちょっとはムッときてるし、素っ気ない態度をしてしまうのも仕方ないじゃない。
なんて思ってたから自分のそんな態度を気にすることはなく、会社に向かう車の中でも
ずっと同じような態度で史明くんに接してした。


「あの……静乃さん……」
「今夜も帰りが遅いの?」
「え?」

私の会社に向かう車の中で、おずおずと話しかけてきた史明くんの言葉をワザと遮って聞いてしまった。
ちょっと大人気なかったかしら?

「遅い?」
「あ……いえ、そんなことは……というか、早く帰るように努力します!」
「そんな……無理しなくてもいいのよ。忙しいのもわかってるし」
「いえ……」
「昨夜みたいに」
「…………え!?」

そのときの史明くんの顔は、意表を突かれたような顔をしていた。
やっぱり昨夜、なにかあったんだと確信してしまった。

「そういえば昨夜帰ってきたときにネクタイしてなかったけど、どこで外したの? それにそのネクタイは?」

追い討ちをかけるように横目で史明くんを見ながら、ずっと気になってたことを聞いてみた。
繋いでいた史明くんの手に力が入って、ピクリと動いた。

「え!? ネクタイ……ですか」
「背広のポケットにも入ってなかったけど」
「ええっと……た…しか、帰り間際に酔ってしまって苦しくて外したんです。も、森末さん車内に落ちていませんでしたか?」
「いえ、車の中にはありませんでしたが」
「そ、そうですか。では、最後のお店に忘れたのかもしれませんので、あとで確認してみます」
「そのお店ってどこ? 子安さんのところじゃないの?」
「昨夜は違うお店だったんです」
「そう」

仕方ないから、今はここまでにしておいてあげましょうか。
時間切れみたいだし。

「今日は昨夜よりは早く帰ってこれるのね」
「は……はい」
「わかった。じゃあ行ってきます」
「え? あ……」

史明くんが動揺してる間に、いつもと同じように車は私の会社の手前で停まった。
森末さんが車の外に出てきて、私のほうのドアを開けて控えてくれている。
未だにそんな待遇が恥ずかしいけど、私がなにを言ってもやめてくれることはないので諦めている。

『私の仕事を取り上げるおつもりですか? 静乃様』

って、くぅ〜〜〜んと聞こえてきそうな態度をするから、余計に言えない。

「いって……らっしゃい」

慌てて後部座席から身体を乗り出して、私を見上げるように見ている史明くんが声をかてくれた。
戸惑ってる顔……夜まで少しは気にしていてね。
なんて意地悪なことを思いながら史明くんに背を向けたまま、顔だけ振り返ってニコリと笑う。
そういえば史明くん曰く、“今日一日、お仕事頑張ってのキス”をしてないことに気づく。
史明くんが忘れるなんて珍しい。
そんなにさっきの車の中での会話で動揺しちゃったのかしら?




「ふう…」
「どうしたの? なんだかあんまり食事が進んでないみたいだけど、なにか悩みごと?」

テーブルを挟んで真正面に座る勝浦さんが、食べる手を止めて私に問いかける。
ああ、勝浦さんに気を使わせてしまったと、申し訳なく思う。

「いえ、大したことじゃないんです。ちょっと食欲がわかなくて…」

いつもと同じ昼休み。
勝浦さんと一緒に会社の食堂で食事を取っていた。
たしかに史明くんのことは気になってたけど、食欲までなくなるほど気になっていたとは……意外かも。
自分ではあまり気にしていないつもりだったのに。

信じてると言えば信じてる。
あの史明くんの性格から、私との結婚生活を続けながら遊びで女の人と付き合うなんてしないと思うから。
史明くんが浮気なんて……というか、私の他に好きな人ができたのなら、きっとコソコソとはしないいと思うし。
その人のために、私とのことはキッパリ・ハッキリさせるだろうから。
だから本当のところは? と、朝から考えないようにしてるのに、つい考えてしまう。

「だから、ちゃんと説明してもらわないとね」
「ん?」

呟きを勝浦さんに聞かれたらしい。

「いえ、大丈夫です。ちゃんと食べますから」
「大丈夫? 食欲がないならあんまり無理して食べないほうがいいわよ」
「本当に大丈夫ですから」

私はお箸を持つ手に力を入れて、途中までだった食事を再開した。



「楡岸さん、お茶2つ淹れてもらっていいかな」
「はい」
「第二室ね」
「わかりました」

お昼休みが過ぎてしばらく経ったころ、同じフロアの男性社員にお茶を出すのを頼まれた。
普段から来客のときは、そのときにフロアにいる女性社員がお茶を入れることになっていて、
たまたま私が近くにいたから声をかけられただけなんだけど。

何室かある来客用の部屋の二番目の部屋のドアをノックして、中からの返事にドアを開ける。
中に入ると、さっき私に声をかけた男性社員は席を外していた。

「失礼します」

声をかけてお客様の前にお茶を置いて、反対側の席の前にもお茶お置く。
そして頭を下げて入り口のドアへ戻ろうとしたとき、名前を呼ばれた。

「静乃?」
「はい?」

一体誰? と思いながら振り返ると、ソファに座ったまま私を見上げてる男性。
なんとなく見覚えがあるんだけど、パッと思い出すことができなかった。

「やっぱり静乃か。久しぶり」
「え?」

久しぶり? ……………あ!

「小田島さん?」

ニッコリと笑っているのは、何年か前に数回出たことのある“合コン”で知り合った人だった。
商社に勤めていて、お互い“いい雰囲気かしら?”と思った途端、彼が転勤になってしまって
そのまま疎遠になって終わった人だった。

「何年ぶりだろうね」
「そうですね、お元気でしたか?」
「今はね」
「?」

“今は”という言葉を疑問に思っていると、彼が言葉を続けた。

「転勤になってしばらくして、身体を壊してしまってね」
「え? そうなんですか? 今は?」
「今はもう大丈夫。でも、それからあまり無理しないように自分で気をつけてるんだ」
「そうなんですか」
「あのさ」
「はい」
「もしよければ今夜、仕事のあと少し時間もらえないかな? ちょっと話がしたいんだけど。
今は落ち着いて話せないし」
「え?」
「迷惑かな? 食事だけでいいんだけど」
「…………」

一瞬史明くんの顔が浮かんだけれど、あえて打ち消した。
やっぱり昨夜のことが引っかかっていたのかもしれない。

「食事だけなら」
「よかった。ありがとう」
「いえ」
「何時ごろ終わるの?」
「定時なら、6時前には帰れると思いますけど」
「じゃあここからちょっと距離があるんだけど、駅から少し大通りを歩いたところにある
『○○○○』っていうホテルがあるの知ってる?」
「ええ」

彼の言ったホテルは海外の著名人が泊まるような、この辺りでは結構有名な高級ホテルだった。
でも……え? ホテル?
ちょっとだけ、躊躇してしまったのは仕方のない反応よね。

「ん? ああ、変なことなんて考えてないよ。そこのホテル、うちの会社と提携しててちょっと融通が利くんだ。
それにさっき身体を壊したって言っただろ? それからお酒もやめてるんだ。だから酔わせてどうにかしようとか、
酔った勢いでなんてないから安心してよ」
「そうなんですか?」

言われてみれば、以前よりも少し痩せた?
それって病気のせいだったのね。

「じゃあ、そのホテルのロビーで待っててくれる? そのころに俺も行けるようにするから」
「はい」
「じゃあ、のちほど」
「はい」

私は頭を下げて部屋を出た。

なんでお誘いを受けてしまったんだろう? と、自分の部署に戻る廊下を歩きながら考える。
別にお付き合いをしてたわけでもない相手。
でも、彼に対してマイナスなイメージはないのよね。

お互いが人数合わせのために呼ばれただけで、誰か相手を見つけようなんて気はサラサラなかった。
それでも話していくうちにお互い相手と話が合うことに気づいて、何度かふたりだけで食事や出かけたりした。
付き合っていなかったのだから、それをデートと呼ぶにはどうだろうと思うけれど、そのときの私は彼に対して
好感を持っていたのは確かだった。
彼もまた、私に少なからず好感は持っていたんじゃないかと思う。
手も繋がず、もちろんキスなんてしたこともなかった。
きっと、あともう少しそんな関係を続けていたらお付き合いが始まったかもしれないけれど、縁がなかったのかもしれない。
そのタイミングで彼の転勤が決まったから。
今、史明くんと結婚したことを考えると、彼は私と一生を共にする伴侶ではなかったんだと思える。

なので私としては、彼は“話の合うお友達”と言ったところだろうか?

「一応史明くんに連絡しておいたほうがいいわよね」

史明くんが帰ったときに、私が居ないと心配すると思うから……そう思うのに、
なぜか素直に頷けないのはなんでかしらね。

森末さんにも、帰りに迎えに来てもらう必要はないって連絡もしなければいけないから、
自分の席に戻って携帯を取り出す。
待ち受け画面を見ると、メールが届いていた。
送ってきた相手は、史明くんだった。

『ごめんなさい。今日も帰りが遅くなりそうです。でも、なるべく早く帰れるようにします。  史明』

ですって。
なんだ……今夜も遅くなるんだ。

ふと昨夜、携帯から聞こえてきた女性の声を思い出す。
またその女性と一緒に過ごすのかしら……。

「ハッ!」

もう、私ったらなにを考えてるんだろう。
史明くんが浮気なんて……するわけないじゃない。

気を取り直して、史明くんに返事をかえすために携帯を持って廊下に出る。
“わかりました”と了承の返事をかえした。
それから森末さんに今日の迎えの車はいらないと連絡をした。






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