想い想われ?



番外編・愛し愛され? 05 史明side




「くすっ」
「ん……」

人の気配と声が聞こえた気がして目が覚めた。

「……あれ? ふぁ……ここは……」

横になりながら周りを見回すと、見慣れない部屋だった。
自分の吐いた息で、お酒を飲んだことを思い出す。
そのせいなのか、寝起きのせいなのか頭がボーっとして考えがまとまらない。
額に手を当てて肘をついて上半身だけ起き上がると、自分がベッドの上に寝ていることに気づいた。

「え? なんでですか? どうしてベッドに?」

どうみてもここは自分の家のベッドではない。
自分の姿を確認すると、ワイシャツにスラックス姿。
乱れてはいないかったけれど、ネクタイはしてなくてワイシャツの第二ボタンまで外されていた。

「えっと……」

たしか今日は商談をした相手と食事をして、そのあと同じホテルのラウンジのバーでお酒を飲んで……それから……どうした?

「あら、お目覚め」
「え?」

キシリとベッドが軋む音がして、誰かがベッドに腰掛けた。

「酔ってたみたいだから休ませたほうがいいと思って」
「え? あ、すみません。ご迷惑お掛けしました」

目の前にいるのは、今係わっている案件で一緒に仕事をすることになった会社の社長でもある“由行よしゆき きり”さんだ。

「いやねぇ〜私と史明の仲で、そんな遠慮なんてすることないでしょ」
「いえ……そういうわけには」

そして彼女は、僕の大学時代の同期でもある。
初めての顔合わせでお互い驚いた。
大学のころからハキハキと行動派な女性だったけれど、まさか会社を興していたなんて。
しかも、そちらの業界では最近急成長してきている。

「まだ酔いは醒めていないでしょ? 今夜はここに泊まって、ゆっくりしていけばいいわ」
「いえ、車を呼んで帰ります。本当にご迷惑おかけしました」
「そう?」
「はい」

泊まるなんて、とんでもない。
家で静乃さんが待ってるのに。
酔ってあまり動きのよくない身体をヨロヨロと動かして、床に足をつけて立ち上がろうとしてグラリと身体がよろめく。

「大丈夫?」
「はい……すみません、大丈夫です」

よろめいた身体を彼女に支えられて、なんとか歩く。

「あの、僕の上着は」

上着のポケット中に携帯が入っているはず。
森末さんに連絡して迎えに来てもらわなければ。

「ちょっと待って」

なんとかひとりで立って、深い息を吐く。

「ふうーーーー」

こんなに酔うほど飲んだだろうか?
なんとか意識が途切れる前の記憶を思いおこす。
もともとお酒は強いほうではないから、飲み過ぎないように普段から気をつけているんだけどな。
最近は寝不足でもないし……ああ、もうなんとも情けない。

「はい」
「すみません。ありがとうございます」

僕は上着を受けとると、胸ポケットから携帯を取り出す。
起動した画面にはなにも履歴は表示されず、着信もメールもない。
静乃さんには今日のことは朝伝えてあるから、それでなにも連絡がないのだろうと納得した。
森末さんに連絡をして、迎えに来てもらうように伝えて部屋を出る。

「本当にご迷惑をかけてすみませんでした。この部屋の支払いは僕がしますので」
「いいのよ、もともと今日はここに泊まるつもりで部屋を取っておいたから」
「そうですか」
「ええ」

ニッコリと笑う彼女のお言葉に甘えて、もう一度頭を下げた。

「では」
「史明」
「はい?」
「……お休みなさい。またね」
「お休みなさい」

ロビーに下りて、迎えに来ていた車に乗り込む。
乗り込んですぐにシートに深く座って、背凭れに寄りかかると自然と深い溜め息をついた。

「はあーーーー」
「大丈夫でございますか?」
「ああ……うん。まさか酔い潰れるなんて思わなかったよ」
「史明様はあまりお酒に強いほうではありませんからね。お気をつけくださいませ」
「そうだね……はあ……」

車で静乃さんの待つ家に向かいながら、やっとホッと一息をつく。

危なかった……あのまま起きずに朝まで寝ていたらと思うと、背筋が寒くなる。
いくら大学の同期で知った仲と言っても、お互いそれなりの歳の男女が一緒の部屋に泊まるだなんて、
あらぬ誤解を招きかねない。
静乃さんだって、いい気分はしないだろう。
それにいくら僕がなにもなかったと言っても、信じてもらえなかったら……。

「ああ……考えるだけで恐ろしい」

彼女にしてみたら、気心の知れた僕だから簡単に自分の部屋で休ませてくれたんだろうけど、
できれば別の部屋か、殴ってでも起こしてほしかった。
一番は僕が酔い潰れて、寝たのがいけなかったんだけでれど。

「これからは気をつけよう」

携帯で時間を見れば、日付が変わってしまっていた。
今から帰ると静乃さんに連絡をしようと思ったけれど、もしかしたらもう休んでいるかもしれないと思って我慢した。

でも静乃さんが僕を心配して、電話を掛けてくれていたなんて……
僕と由行さんとの関係を、不安に思っていたなんて……このときの僕は知る由もなかった。



「ええっ!? なんでですか? なんでドアガードなんて……ちょっ……これって……」

ナゼか玄関にドアガードがかかっていた。
防犯面から見れば誉められることだと思うけど、今までこんなことはなかったから今日のこともあって
僕は必要以上に慌てふためく。

「し…静乃さーーん。あ、開けて下さい……静乃さーーん」

時間も時間だし、控え目な声で静乃さんを呼ぶ。
リビングに続く廊下は薄暗く、静乃さんは寝てしまったのだろうか?
しばらく静乃さんを呼んでみて、気づいてもらえなかったら携帯にかけてみようと思いつつ、
でも離れた場所に携帯を置いていたら? とも思う。

「……………」

それって最悪、朝まで中に入れないってことでしょうか?

「ええ〜どうしよう」

これは、コンシェルジュに事情を話してドアガードを切ってもらうとかですかね?
そんな最悪なことを考えていると、パタパタとスリッパの足音がして静乃さんが現れた。
ドアガードの幅しか視界がきかないのでとても見にくい。
けれど、パジャマ姿の静乃さんを見た途端ホッとした。

「静乃さん、今帰りました。遅くなってごめんなさい」
「…………」

僕が話しかけても、静乃さんは無言でジッと僕を見てる。
僕は知らず知らずのうちにゴクリと唾を飲み込んだ。
静乃さんの様子が少しおかしい?
遅くなったことを怒っているんだろうか……。

そのとき僕は、静乃さんと由行さんとのやり取りのことを知らなかったから、そんな呑気なことを思っていた。

知っていたら全力で誤解を解いていたし、全力で謝って二度とそんな失態は犯さないと誓ったはず。
けれどナゼか静乃さんからの着信履歴は僕の携帯から消され、静乃さんも由行さんもなにも言ってくれなかったから。
僕がそのことを知るのは少しあとになる。

「えっと……あの…開けていただけると助かるんですけど……」

後ろめたいことをしたワケではないのに、低姿勢な態度になってしまう。

「きょ、今日は随分と防犯意識が高いですね。いいことですが、できれば僕が帰る前に
外しておいていただけると助かるんですけど」
「今夜は帰ってこないと思って」
「は? え?」

今、静乃さんはなんて?
今夜は帰ってこないと思って?
どうしてそんなことを思うんでしょうか?

「連絡をくれれば、外しておいたのに」
「あ…もう静乃さんは休んでいるかもしれないと思いまして」
「なにも聞いてないの?」
「え?」

なにをですか?

「はぁ……一度閉めるから、離れて」
「あ…はい」

ドアガードを外すためにドアを閉められた。
閉じたドアを見つめて、さっきからの静乃さんの言葉を頭の中で繰り返す。
考えが纏まる前に再びドアが開いて、静乃さんが立っていた。

僕は身体が勝手に動くまま、ギュッと静乃さんを抱きしめた。
色々なことを、静乃さんの温もりを感じることで癒したかった。

「本当に遅くなってすみませんでした。寝ていたんですよね」
「横になってただけだから」

寝てはいなかったんですね……でもこんな格好では寒いかもしれない。

「さあ、身体が冷えてしまいますから」

いつまでも、玄関で静乃さんを抱きしめているわけにはいかなと思った。
せめてリビング移動しようと、抱きしめたまま声をかけても静乃さんの返事がない。

「…………」
「静乃さん?」

ナゼか静乃さんはジッと動かない。

「静乃さん?」

どうしたんだろうと気遣うように、もう一度静乃さんの名前を呼んだ。



「おはよう」
「おはようございます」

いつもどおりの朝を迎えた。
というのは表向きで、僕は昨夜から落ち着かない。
もともと静乃さんに対して負い目のような気持ちがあったからか、静乃さんの言動がとても気になっていた。
けれど酔ってしまったとはいえ、女性の部屋で寝てしまった後ろめたさから、ハッキリした態度ができないでいた。

寝るときのいつもの“おやすみなさいのキス”もしたし、静乃さんを抱きしめても寝た。
なのにどこか静乃さんの態度が、いつもと違う気がして仕方がない。
名前を呼んでも「ほら、時間ないから史明くんも自分の支度して。はい、お弁当」なんて、
ちょっと素っ気ない気がするし。

やはりこれは自分から正直になにもかも話して、スッキリとしたほうがいいかもしれない。
それに僕が感じてる静乃さんの違和感のことも知りたいと思う。

でも僕は知らなかった。

昨夜、シャワーを浴びるのに慌てて脱いだワイシャツに、由行さんの口紅がついていたなんて……。
それを、静乃さんを抱きしめたときに見られていたなんて……。






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