想い想われ?



番外編・プレゼント大作戦! 10 ☆おまけの話 妻のために力を貸すのは夫としての役目です




『…………』
「静乃さん?」
「はい?」
「英会話の勉強ですか」
「そう、今日の復習してるの」

史明くんと結婚するとき、史明くんの奥さんとして覚えなければいけないことの中に英会話があった。
大分生活も落ち着いたから英会話教室に通いだした。
通い始めてまだそれほど経ってないから発音も会話もたどたどしいけれど、思っていたほど緊張もなく
思いのほか楽しく通っている。
でも元々英語が得意なほうじゃないから、教わったことをその日のうちに復習しないとある程度までマスターするのに
かなり時間がかかるのが目に見えているから、時間を見つけては自分でも勉強している。

「僕が教えられればいいんですけど……すみません」
「いいのよ。史明くんは仕事が忙しいんだから」

相変わらず夜は遅いときもあるし、最近は休日も予定が入るときも多い。
大きな契約の話が進んでるかららしい。

「史明くんは英語がペラペラだものね」
「まあ……必要なことでしたからね」

留学経験者だものね。
中小企業の一般事務には必須項目じゃなかったし。

「では、家では僕がお相手しましょう」
「え?」
「習うより馴れろと言うでしょう。これからは英語で話しましょうか」
「え? でも……私、まだそんなに上達したわけじゃないし……」
「大丈夫です。難しい話は英語でしませんから」
「そうね……そのほうが早く覚えられるかしら?」
「はい。まずは簡単な日常会話から始めましょうか」
「私は助かるけど……本当にいいの?」
「なにを言ってるんですか。僕も協力するって、最初に約束したじゃないですか」
「そうだったわね。ありがとう、史明くん。助かるし、心強いわ」
「妻のために力を貸すのは夫としての役目です。頑張りましょうね」
「はい。史明先生」
「!!」

ふざけて先生と呼んだら、史明くんが一瞬目を瞬いた。

「史明くん?」
「いえ……」

なぜかしら?
ときどき見える史明くんの頭の耳が急にピン! っと立って、シッポがブンブンと振れはじめたのは?

その日から、“おやすみ”の挨拶も“おはよう”の挨拶も”行ってきます、
行ってらっしゃい”の挨拶も全部英語ですることになった。
最初は史明くんに指摘されることもたくさんあったけれど、家では史明くんに教えてもらって、英会話教室でも勉強して過ごすうちに
簡単な会話ができるようにまでなっていた。
まったくのゼロからのスタートから思えば、かなりの進歩なんじゃないかと思うんだけど。
でも、まだときどき意味の違う返事をしちゃうけど。

「大分スムーズに話せるようになりましたね」
「そうかしら? 自分じゃまだまだだと思うけど」

食事も済んで、お互いにお風呂にも入ってリビングのソファで寛いでいた。
久しぶりにゆっくりとできる時間が取れて、史明くんとふたりでワインを飲んでいた。

「ある程度の会話ができれば大丈夫ですよ。あとは僕がいつも傍にいますから、僕に任せてください」
「そう? でも、英語での会話も楽しくなってきたから、まだ頑張ってみるわね」
「優秀な生徒ですね。静乃さんは」
「きっと、教えてくれる先生がいいからじゃないかしら」
「先生……先生ですか……」
「え?」

史明くんが口を手の平で押さえながら、なにかブツブツと言っていたけれど小さくて聞き取れなかった。

「では、ちょっと実践してみますか」
「実践?」
「はい。パーティ会場にいるつもりで僕が話しかけますから。静乃さん、相手をしてみてください」
「え!? できるかしら?」
「大丈夫ですよ。さあ、やってみましょう」
「……うん」

そういうと史明くんが私の手を取ってソファから立たせると、窓際に連れて行った。

「じゃあ始めますね」
「えっと……よ、よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げると、史明くんがクスリと笑った。
ああ、もう……なんだかドキドキするわ。

『こんばんは』
『こ、こんばんは』
『おひとりですか? お連れの方は?』
『えっと……』

ああ、今は史明くんがいなくてひとりでいる設定なのね。

『主人はお付き合いのある方のところに行っておりますの』
『こんな魅力的な奥方をひとりにさせるなんて、僕には信じられません』
『え?』

えっと……今、史明くんはなんて言ったのかしら?
聞きなれない単語と、早口な話し方で聞き取れなかったところもあった。
なにが信じられないのかしら?
とりあえず、笑っておこうかしらね。

『その笑顔、素敵です』
『あ、ありがとうございます?』

多分、褒められたのよね?

『ご主人が戻られるまで、私がお相手しましょう。さあ、あちらへ』
『え!? あの……』

腰に手を添えられ、ソファに誘導される。
えっと……今、相手は史明くんだけど本当は違う人だから……こんなふうについて行ったらけないのよね? 本当は。
だから、お断りしないと……えっと……相手に失礼のないように断るには……

『えっと……ごめんなさい……すぐに主人も……』

なんて、返事を考えてたらそつなくソファに座らされてしまった。
実際パーティ会場だとどんな感じなのかしら?
そんなことも考えてると、目の前にさっきまで飲んでいたワインの入ったグラスを差し出される。

『どうぞ。飲みながらゆっくりお話いましょう』
『いえ、お気遣いなさらず……』

そう言ってお断りしているのに、空いている手をそっと掴まれてグラスを渡された。
ここで受け取らないわけにもいかず、受け取るしかない。

『素敵なお着物ですね』
『ありがとうございます』

今はもうお風呂にも入ったあとだからパジャマ姿だけど、着物を着てるってことなのね。
きっとクリスマスにサンタから贈られた着物だと思うけど。

『まるで貴女のために作られたようですね』
『主人の……見立て? なんです』
『ご主人が羨ましい。私も貴女を美しく装うお手伝いをさせてほしいです。私からも貴女に似合う着物を
贈らせていただいてもよろしいでしょうか』

えっと……史明くんが褒められたのかしら?

『ありがとうございます』

会話しながらも、これでいいのかと悩んでしまう。
ちゃんと通じてるのかしら?

「史明くん? ちゃんと通じてるの?」
『ええ、ちゃんと通じてますよ』

笑って頷いたってことは、大丈夫ってこと?

『大丈夫ですか?』
『え?』
『酔われたようですね、頬が赤い』
『!!』

史明くんの指が私の頬をスルリと撫でた。
え!? しないでしょ? 普通。
よそ様の奥さんに、こんなことする人なんて。

『あの……』

頬を撫でた手が、そっと顎の添えられて上を向かされる。

『私を見つめる潤んだこの瞳。酔ってほんのりと赤くなった頬。私を誘うようなこの唇』
「!!」

軽く顎を掴んでいた手の親指で唇を撫でられて、身体がピクンと跳ねた。

「ちょっと……史明く……」

チュッと振れるだけのキスをされた。
しないでしょ!?
パーティ会場で、こんなこと絶対にしないでしょ!!

「ちょっと待って、史明くん!」

さっきから私のほうに身体を傾けてくる史明くんを止めようと思うけど、片手にワイングラスを持ってて
そっちが気になって思うように動けない。
史明くんは持っていたワイングラスを、いつの間にかテーブルの上に置いていた。

『ごめんなさい。私、日本語がわかりません』
「う、うそでしょ!」
『きっとこれは運命です』
『ス、ストップ! ちょっと待って……えっと……考え直して……』
『さあ、まずは私と思い出に残る一夜を過ごしましょう』
『あ……えっと……貴方の立場も……えっと……こんなこといけません……』

貴方の立場も悪くなるなんて、英語でどう言えばいいの?
そんな単語、日常会話にでてこないからわからないじゃない!
あ! こうなったら、誰か呼べばいいんじゃないかしら?

『だ、誰か……』

あ、ここは日本語でもいいんじゃない?

「んんっ!!」

顎を強く掴まれて、強引に口を塞がれた。
あっという間に史明くんの舌に私の舌が絡めとられて声を出すことができなくなった。

「……ふあ……あふ……」

クチュクチュと激しさを増す口づけに、さすがにこれはないでしょう? と思う。
もうそれからはあっという間の出来事で、私はソファに押し倒されていた。
しかも、パジャマの上着の裾から不埒な史明くんの手が焦らすように動く。
パシパシと覆い被さってくる史明くんの肩を叩いたけれど、ものの見事にスルーされた。
背中に史明くんの腕が入れられてしっかりと抱きしめられた状態で、空いてる片手が私の肌を撫でながら
スルスルと胸に向かって移動してきてるし。

「やあ……」

持っていたワイングラスは、いつ取り上げられたのかテーブルの上に乗っていた。
パジャマの上着のボタンは外されて、中に着ていたキャミソールはたくし上げられて露わになった胸をヤワヤワと揉まれて、
チュッと音を立てて何度も唇を押しつけられては吸われた。

「……んんっ……」
『ああ……もう……このまま貴女のすべてを食べてしまいたい』

なんでこの状況で、まだ英語で言ってくるのかしら?
あまりよく理解できない頭で史明くんの言った英語の意味を考えて、とにかく止めてもらうように言わなくちゃいけない。
英語で!

『えっと……これ以上は……やめてください。……すぐ傍に主人がおります!』

と、言ったつもりだったのだけれど実際はどう間違ったのか

『ここではこれ以上やめてください。主人も近くに……』

だったらしい。
なので、『わかりました』と返事を返されたときは通じたんだとホッとしたのも束の間、抱き上げられてナゼか
寝室に運ばれベッドにふたりで倒れこんだ。

『ここなら誰にも邪魔されずに、ふたりの時間を過ごせます』

私の耳にそう囁くと、史明くんが私の首に舌を這わせた。

─────── なんで?





「静乃さん」
「…………はい?」

散々私の身体を弄り回して、いつもより性急な動きで私を翻弄させて抱き潰した史明くんが、
ニッコリと微笑みながら私の名前を呼んだ。
目は笑ってなかったけど。

「これでは僕は、心配で心配で仕方ありません」
「……え!?」
「こんなふうに口説かれてしまうかもしれまんし、言葉巧みに静乃さんと甘いひと時を過ごそうとする輩が
現れないとも限らないじゃないですか」
「…………それは……ない……でしょう?」

いくらパーティ会場だって言ったって、ちゃんと常識のある人達が集まるんじゃないかしら?
それに今は、相手が史明くんだからそんなに抵抗しなかったからで。

「いいえ。中にはそういう出会いを目当てに来る輩もいるんですよ。そんな奴等に静乃さんが目をつけられたらと思うと……
ああ、もう! 自分の立場上仕方のないこととはいえ、とても不安です。
手も簡単に握られてしまうし、他の男からの贈り物の申し出も簡単に承諾してしまうし」

本当に心配してるらしく、眉がハの字になってる。
チュッと愛おしそうに剥き出しの私の肩にキスをする。
手を握られる? ワインを持たされたときのことかしら?
贈り物の申し出に簡単に承諾? どういう意味かしら?

「静乃さんのことは僕が守りますから。絶対に僕の傍から離れないでください」
「…………それはかまわないけど……それで史明くんのお仕事に差し障りないの?」

もう、最初のうちは自分ひとりで英語で相手と話すのは無理なんじゃないかと思いだして、
こうなったら史明くんに通訳を買って出てもらおうかとまで思ってしまうほど、今日の会話の練習はハードだった気がする。

「大丈夫です。僕は愛妻家で通ってますので」
「え? そうなの?」
「はい。僕がどんなに静乃さんのことを思っているか、ことあるごとに世間に周知させていますから」
「ちゃんとお仕事の話もしてるの?」

なんだか、惚気話ばっかりしてそうで心配になる。
まあ、史明くんならちゃんと仕事とプライベートを分けてるとは思うけど。

「してますから、僕の心配は無用です」
「そう……やっぱり英語って難しいわね……」

今日は、ワザと聞き取りにくいような会話をされた気がするけれど。
ジト目で睨んでも、まったく気にしてない様子の史明くん。

「大丈夫ですよ。僕がまたお相手をしますので、すぐに上達しますよ」

フフフと微笑む史明くんに、『結構です!』と即答したのは当然のことだと思うのよね。
それなのに、『結構ですということは、宜しいということですよね?』なんて、なにかの勧誘のときの常套句のようなことを返されて、
呆れてしまったのは仕方のないことだと思う。

なので、今度は日本語で! 反省を促して、懇々と諭してしまったのはもっともっと当たり前のことだと思うの。









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