ひだりの彼氏


19




「これとこれ。」
「………」
「薬味はネギと生姜ね。それとお惣菜の天ぷらでいいよね。あとデザートにプリン。はいお終い。」

やって来たスーパーに入った途端彼が買い物カゴに次から次へと品物を入れていく。

「今日は蕎麦ね。」

素麺が良いと言った私の申し出はあっさり却下された。

「水っぽいからヤダ。」

ですって。

「明日の朝のパンも買っとく?」
「パンはあるから…」
「そう…じゃあお金払って帰ろう。時間が勿体ない。」
「は?」
「だってあっという間に明日になる。」
「ならないわよ。」
「そう。」


「ねえ…」
「ん?」

アパートまでの帰り道…

「こんな事して楽しい?」
「どうだろ。」
「……言うと思った。」
「そう。」

きっと彼は楽しいとかじゃなくてやりたいからやってるだけなのよね…
でもこれが彼のやりたい事なのかしらね?


「2人でやった方が早い。」

そう言って2人で並んで流しの前に立ってる。

「なんかムカつく。」
「そう?」

私なんかよりずっと手際が良い…

「経験値の差。」
「ムッ!」

言い返せないのが悔しい…

「いただきます。」
「いただきます……ねえ…」
「ん?」

「何で一緒に夕飯食べてるの?」

真面目に聞いてみた。

「自然な流れ。」

即答された。

「そう言うもん?」
「でしょ。」
「そう……」

そうなんだ…自然な…流れなんだ……

「………」

チュルンと蕎麦を食べて目の前で黙々と同じ様に蕎麦を食べてる彼を見てた。


「んーこのプリン美味しい ♪ 」
「当たりだった。」
「何?わかってて買ったんじゃないの?」
「テキトー。」
「もう…まあ美味しいから許してあげるわ。」
「はぁ〜お腹いっぱい。」

彼がそう言いながらまだ残ってるプリンを持って隣の部屋の壁を背に寄りかかって座る。

「………」
「どうしたの?」

彼がプリンを片手にぼーっとしてるからキッチンから声を掛けた。

「んーホッと…」
「ホッと?何で?」
「いつも言ってるじゃない…奈々実さんの隣は落ち着くって…」

そう言ってパクリとプリン一口食べた。

『奈々実さんの隣は落ち着く…』

そう言われると悪い気はしない…でもそれはだから何なんだ…に繋がる…
だからどうなの?だから私と一緒いるの?だから私の事が好きなの?
でも彼は私の事は好きじゃない………

ん?ちょっと待って?彼付き合う気は無いって言ったけど
好きか好きじゃないかは聞いた事なかった…かも?だからって…

「ん?何?奈々実さん?」

知らないうちに彼を見てたみたい…

「え?あ…ううん…」

だからって…聞けないって…

「もしかしてプリン欲しいの?」
「違うわよ!」
「いいよ。半分こ。」
「だからしないってば!」

その無表情の顔がムカつく!

「奈々実さん顔真っ赤。」
「あ…暑いのよ!」
「クーラー利いてるよ。」
「あ…あの…」
「ん?」
「シャワー浴びてくるけど…」
「わかった。」

またパクリとプリンを頬張る。

「………覗かないでよ!」
「見飽きてるから平気。」
「は?」

何?今サラリとスゴイ事言った?この子?高校生なのに…やる事はやってるって…こと?
この子が?

「ん?やっぱり欲しいの?」

またプリンをチラリと見た。

「違うって!」

慌てて着替えを取って浴室に向かう。
誤魔化す為に言っちゃったけど…別に今シャワーを浴びなくても良かったのよね…

「はぁ〜失敗した…」

まあ…あの子なら覘いたりはしないでしょ…
一応ドアの外を気にしながら着てるモノを脱いだ…

シャワーを身体に浴びながらまだちょっと緊張してる…
何気に視線は入口のドアに向かう…大丈夫よね…とにかく早く終わらせてサッサと出よう…

そう思って髪を洗い終わって顔を上げた時…真正面の壁に付いてる鏡に何かが映った…

「え?」

一瞬何だか分からなくて…じっと鏡を見つめてた…

冬場じゃないから浴室の中も湯気が充満してるわけでもなくて…
だから余計それはハッキリと鏡に映った。

鏡に映る浴室の窓がちょっとずつ…ちょっとずつ…開いていく…

え?え?ええ??何??心霊現象??お化け??


「美味しかった。」

食べ終わったプリンの容器をキッチンのゴミ箱に捨てに行った…

「 きゃああああああああ!!!! 」

「奈々実さん?」

浴室から奈々実さんお悲鳴が聞こえた。


「奈々実さん?」

洗面所のドアを開けたけどそれ以上は開ける訳にもいかなくて…なんて思ってたら…


ビックリしてその場にしゃがみ込んでたらガラス張りのドアの向こうで彼の声がした。
私は何も考えずに飛び出した。

飛び出してそのまま目の前にいた彼に抱きついた。


「!!」

「まままま…」
「え?」

「窓が勝手にあ…開いた!!!ゆゆゆゆ幽霊!!」

そのまま彼の胸に顔をうずめる。
怖くてビックリでぎゅっと目を瞑って彼のTシャツを両手で握り締めた。

「…………」

彼がチラリと浴室の中を覘く。

「奈々実さん…」
「な…何?あ…開いてたでしょ?窓…」
「開いてる…ってもしかして窓開けたまま入ってたの?」
「………え?」

なんでそんな事聞くの?

「だって暑いじゃない…換気の為にちょっとだけ…」
「はあ〜〜あのね…ここは1階で女性の一人暮らしで窓開けてお風呂なんて入ってたら
覗いてくれって言ってる様なもんだよ。」

「……え?」

「今のは の・ぞ・き・ もしかすると今までも覗かれたかもよ。」
「え…ええーーーウソ!?」
「ウソじゃないよ。今まで窓が開いてた事無かった?」
「…多分…」
「じゃあ今日初めてかもね…まったく…ホント奈々実さん無防備すぎ。」
「だって…」
「大丈夫?身体まだ震えてる。」
「……ビックリ…して…って!きゃああ……」
「っと…今離れたらオレに身体丸見えだけどいいの?」
「 !! 」

咄嗟に彼から離れ様とした身体をそのまままた彼に密着した。

だって…私……裸のまま彼に抱きついてる!!!

「みっ…見ないでよっ!!!エッチ!!!」
「見てないし…」
「!!」

彼の腕は私の背中に廻される…

「ちょっ…」
「じっとしてて…」
「………あ…」

ふわりと身体にバスタオルが掛けられた。

「大丈夫?」
「う…ん…」

そう返事をすると彼が浴室に入って行ってピシャリと窓を閉めた。

「ホント無防備。反省して奈々実さん。」
「……ご…めんなさい…」

ってどうして私が彼に謝らなくちゃいけないのよ??

「見られたと思う?」
「窓からは人の姿は見えてなかったから…多分大丈夫だと思う…」
「そう。」

そう言うと彼は洗面所のドアを開けて出て行った。


私は心臓が…ドキドキ……でもそのドキドキは覗かれたから?……それとも…





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