ひだりの彼氏


66




彼を追い掛けてやっと追いつくと彼はもう彼女達に追いついていて向かい合って立ってるところだった。

その後はびっくりすることの連続で……あっという間に2人も倒しちゃったし……
でもその後……最後の1人がナイフを取り出して彼女の喉元に押しつけたのには驚いた。
これはもう警察に連絡しなければダメだと思った時彼が普段からは想像出来ない早さで
相手の顔面に肘を入れて彼女を救い出した。

「うそ……」

確かに……彼には彼女を助けてと言った……
私は彼は彼等を上手くまいて彼女を連れて走って逃げ切るのかと思ってた……
だっていつもの彼の行動を考えると争うなんてしないと思ったし逃げ足速そうだったし……

だからまさか彼があんなふうに相手を1人1人倒していくなんて思いもしなくて……

「彼って……何者?」

だってだって……
いつもは何をやるにもかったるいそうで無関心で素っ気なくて……全然強そうじゃないし……

私……夢でも見てるの?

呆然としてる私の目の前に最初に彼に倒された男の子が立ち上がったのが見えた。

「あ……」

フラフラとした足どりでどこから何かを掴んで彼に向かって走り出した。
先に彼女が気付いてそんな彼女を見て彼が気付いて後ろを振り向いた時には
もう相手は持ってたビール瓶程の大きさの瓶を彼目掛けて振り上げていた。

危ない!と思ったら叫んでた。



「ツバサ!!」

「!!」

初めて奈々実さんがオレの名前を呼んでくれたから余りの驚きと嬉しさと感動と
その他諸々の感情で目の前にいる男が振り下ろした瓶をよけきれず頭の上で左腕で受け止めた。

「……っ!!!」

何とも言えない鈍い音と痛みが左腕に走った。

ムカッ!!っと言う感情が一瞬のうちに頭を占める。

泉美に対しても何百回と思った感情だった。
だけど何百回思ってもそれを泉美にぶつけた事は無い。
理由は一応姉弟だったし後々面倒だから。

でも目の前の男にはブチッ!っと言う音までも頭の中に響いた。
その瞬間足が出た。
狙った鳩尾に思いきりドカリ!と踵を叩き込んだ。

「……ゲホッ!!」

大きく息を吐いた後また道路にお腹を押さえながら崩れ落ちてゲホゲホと咳き込み続けてる。
オレなんて食後にやられて吐いた事もある……きっと後で鳩尾に真っ青な痣が出来てるはず。

「…………」

ああ……腕にジワジワと痛みが広がってくる。

「大丈夫!!」

奈々実さんが青ざめながらオレに駆け寄って来た。

……なんだ……もう名前呼んでくれないのか……なんて変なところで凹む。

「……奈々実さん」
「腕……」

下ろしてた左腕に伸ばしてきた奈々実さんの手を右手で掴んで歩き出した。

「え?ちょっと……」

ケガは大丈夫なのかと近付いて手を伸ばしたらそのまま彼に手を掴まれて引っ張られてしまった。

「帰る」
「え?でも……」
「ちゃんと助けた」
「……で…でも……」

そ……そりゃ助けただろうけど……
チラリと振り向いた彼女は何ともいえない……辛そうな顔をしてた……
だから思わず空いていた右手で立ち尽くしてる彼女の手を掴んで引っ張った。

「え!?」

彼女は私に引っ張られるままグン!っと躓きそうな態勢で歩き出した。
彼は後ろを振り向きもしないままスタスタと歩き続ける。
私はそんな彼と手を繋いで……そんな私と彼女が手を繋いで……
何とも不思議な状態でしばらく歩いてた。


「重い」
「え?」

だいぶ経ってから彼がそう呟いてピタリと止まった。

「どんな状況?これ」
「え?あ……だって彼女1人あのままにはしておけないじゃない……」
「……はあ〜〜」

彼が振り向いて彼女を見て溜息をつく。

「ならもう大丈夫でしょ。奈々実さん手離して」
「……うん」

ってなんでそんなにムッとしてるのよ……私は言われたとおりに彼女の手を離した。
彼女は黙って俯いたままで……

「あの……大丈……きゃっ!」

いきなり繋いでた手を彼が引っ張るから後ろにのけ反る。

「ちょっと!」
「帰る」
「あのね……」

ヨロけながら彼を見上げて文句を言いそうになる。

「あ……ありがとう……」
「え?」
「……」

彼女が顔を上げるとそう言った。
視線は私を通り越して彼を見てたけど……

「…………」
「助けてくれるなんて……あたし……」
「お礼なら奈々実さんに言って」
「!!」
「え?」
「奈々実さんがどうしてもって言うからやっただけだから」
「ちょっ……」
「…………」

あからさまに面倒臭さそうに余計なこと言うんじゃないわよっっ!!
ほら見なさいよ!彼女バツが悪そうな顔しちゃってるじゃないよーー!!

「あの……」

彼女に声をかけたけど続く言葉が出てこない……
私だってどんな顔で彼女と向き合えばいいかわからないんだから……
彼女には彼と別れるなんて言っちゃったのに……だけど……

どうみてもお付き合い続行中だし……しかも結婚の話まで出てるなんて……

「……誰が何を言おうがオレ達は別れない」

「!!」
「へ?」

ちょっ……ちょっと!!いきなり何言い出すのよ!

「だからもうオレ達にかまう必要ないし時間の無駄」
「…………」

彼女も私も頭にハテナマーク。

「だから水谷の記憶からオレと奈々実さん消して」
「!!」
「ちょっ……」

何言ってるの?

「もういい加減にしたら」
「……え?」
「?」

また頭にハテナマーク。

「今のままでいいの」
「……な……に?」
「時間は戻らないよ」
「え?」

三宅があたしに何を言いたいのかわからない……

「オレは後悔なんてしたくないしするつもりもない」
「三宅?」
「今のままで進学出来るの」
「!!」

三宅のそんな言葉に顔を向けると無表情な顔と冷めた瞳を向けられてた。

「オレには関係ないことだけど随分余裕だよね」
「…………」
「ああ……諦めてるのか」
「……あたし……」
「奈々実さん行くよ」
「え?あ……」
「後は知らない。もう十分でしょ」
「あ…」

今度は本当に彼女をおいて私達は歩き出した。

「…………」

無言で歩き続ける彼の横顔をじっと見つめた……

あの言葉は……彼なりの優しさだったんだろうか?
きっと以前の彼女はあんな男の子達について行くような子じゃなかったんだろう……
彼はそんな彼女があんなふうに無防備になったのは私とのことが原因だってわかってるんだ……
だから彼女に不快感を持っててもあんな言葉を掛けたんだよね?
言い方は多少問題はあったけど……彼女も彼の言いたいことがわかったみたいだったし……

チラリと肩越しに彼女を振り向くと私達に背を向けて歩き出すところだった。

ちゃんと家に帰ってくれるといいんだけど……


「あの……ありがとう……」

今度は私が彼にお礼を言った。

「別に自分のためだし」
「え?」
「楽しみ」
「え?」
「何でも言うこと聞いてくれるんだよね」

顔だけ私を振り向いてじっと見つめてくる。
でもスタスタと歩いて器用……私なら誰かにぶつかっちゃう。

「ねえ……」
「なに」
「あの……」
「…………」
「彼女って……あなたのこと……」
「さあ」
「『さあ』って……」

んな訳ないでしょ!あなたが彼女の気持ちに気付かないわけないじゃない!
ただでさえ察しがいいんだから!!

なによ……ちゃんと同年代の子に好かれてるじゃない……
でも……彼が選んでくれたのは私で……

「余裕だね」
「え?何が?」
「別に」
「?」

彼が何を言いたいのかわからなくて首を傾げる。

「こっち」
「え?」

そう言うと繋いでた手をグン!と引っ張られた。

「あの……」
「何してもらおうかな」
「え?」

してもらう?

「え?何か買うの?」

入ったのは良く見かけるドラッグストア。

「必要なもの」
「え?」

必要なもの?

「…………」

彼女を助けてもらうかわりに彼の言うことを何でも聞くと約束した。

そんな彼が私に何かをしてもらうつもりらしい……立ち寄った場所はドラッグストア。

何となく彼が嬉しそうに見える……そこでハタと気付く。

一応彼と私はそれなりに成長した男と女……
しかもキスまでなら今までこれでもかってほどしてるし一緒にだって寝てるし……
となるとやっぱり彼としては2人の関係を先に進めたいと思うのはごく普通の流れというもの?
結婚まで約束してるし……

してほしいことに必要なものをドラッグストアで買うって……

「ええーーー!?」

ある1つの考えが頭に浮かぶ。


うそ!?本当に?彼がそんなこと考えてるの?

ほんの数秒でそんなことを考えてしまった……彼はズンズンと店内を歩く。



ちょっとちょっとちょっとーーーー!!ちょっと待ってよーーーーーー!!





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