ひだりの彼氏


67




「……何者?」

本当に……真面目に聞いてる私。

「言ってる意味がわからない」

彼はいつもの様にのらりくらりとかわす。

「だって!だっ……て……あんなにも簡単に3人も倒しちゃうから……何か習ってたの?」
「別に。ただ格闘オタクの泉美に付き合わさせられたら自然に覚えた。たいしたことやってないし」
「そう?」

あの立ち回りがたいしたことじゃないと?
ナイフ持ってた相手まで楽勝ぽかったですけど?

「他人嫌いだから。拒否反応も上乗せかもね」
「は?」
「わかんないでしょ。いいよ別に」
「?」

わからないわよ。

「オレにとって今日のことは絶対にありえないことなの」
「?」
「『好き』っていう気持ちは色々なんだね」
「??」

畳の部屋でコタツを挟んで向かい合って座る彼がさっきから訳のわからないことばかり言う。

「頭……打っちゃった?」
「……」
「?」

そんな私の問いかけに彼は私に視線を合わせる。

「楽しみだな」
「え?」

そういえば彼はさっきからそんな言葉を繰り返してる。

「どんなお願いしよう」
「!!」
「ね」

そう言ってズイッっと私に顔を近付ける。

「へ……変なお願いは聞きませんからね!」

先にクギを差しておく。
とんでもない変なこと要求されても困るし……

「変?変って」
「う″っ!えっと……だから……」
「なに」
「イ……イヤらしいこととか無理なことよ!!」
「どんな」
「ど……どんなって……」

もーーなに?その無表情な顔は!!ワザと?ワザと言ってるでしょ!!

「私がイヤらしいとか無理って思えること!」

「それってご褒美の意味ないよね。奈々実さんの意見なんて却下に決まってるじゃん」

「な!?」

きーーーー!!何その何言ってんのこの人って顔は!!
まったく!!やっぱり隠れ俺様よーーー!!あんたって男はっ!!

「まあそんなたいしたお願いじゃないから大丈夫」
「本当?」
「本当」
「……」

絶対怪しいけど……

「ありがとう」
「え?あ……ううん」

ケガの手当てが終わった包帯を巻いた腕をちょっとだけ動かして彼がお礼を言った。

「痛くない?」
「多少は。後で痛み止め飲んどく」
「うん」
「奈々実さん」
「なに?」
「約束のご褒美だけど」
「……うん」

ついに来たかーーー!!本当に変な事言わないでよね……
思えばあの時は仕方ないこととはいえ無謀な約束をしちゃったと今さらながらに後悔してる自分……

「これから先ずっとオレの言うコトには絶対服従」

「はあ??」

「簡単」
「ちょっ……ウソでしょ?」
「約束」
「う″っ!」

た…確かにそうだけど……

「どうせ結婚するんだしそんなに重く構えることないから」
「…………ウソ」
「本当」
「絶対ウソ!あなた絶対無理難題私に言うに決まってる!」
「どうして」
「…………」
「オレ今までそんなこと言ったことないと思うけど」
「これからわからないじゃない」
「だからそんな無理難題なんて言わないって」

そう言って首をちょっと傾けて微笑んだ。

「それが怪しいって言うのーーー!!」

あんた腹黒なんだからっっ!!!

目の前にある彼の頬を摘まんで捻る。
あまりの理不尽さに身体が勝手に動く。
なに?今から亭主関白宣言?

「痛いって奈々実さん」
「ホント変なこと言ったら結婚しないからっっ!!わかった?」
「……」
「なによ」
「別に」
「?」

本心から結婚しないなんて思ってないだろうけど今は大人しくすることにする。
婚姻届けは奈々実さんに書いてもらわないといけないから万が一拗ねられてマジで
書かないなんて言われたら面倒だし届けさえ出せばこっちのもんだから。

「奈々実さん」
「なに?」
「結婚した後は何かある度に 『離婚するから』 って言うの」
「え?なによそれ……」
「だってそういうコトでしょ」
「……あ……あなたが変なことばっかり言ったらそ……そうなるかもね」
「そう」

素直じゃないね奈々実さん……
でも万が一奈々実さんが離婚したいなんて言ったってオレは離婚届に署名なんてしないけどね。

婚姻届は2人が署名しないと成立しない……だけど離婚届も2人の署名がないと成立しないんだよ。
オレは署名なんて絶対する気なんてない……その時2人がどんな関係でも……
だから奈々実さんはずっとオレの奥さんってこと。

『人を好きになる』 という気持ち……
オレは自分のそういう気持ちがよくわからない……
でも少しずつ……この気持ちが 『好き』 と同じなのかと思うこともある。

『奈々実さんが言ったから』 という理由で動いたのはまさにそれだと思う。

他人のために何かするなんて家族以外しようと思ったこともない。
それも仕方なくだったりするけど……
でも奈々実さんが係わるとそれは全部奈々実さんのためということで深く物事を考えずに動けてしまう。
きっとそれが 『好き』 の気持ちの現われなんだと最近わかった。

『奈々実さんがオレ以外に無防備だとイライラする』 のも 『好き』 という気持ちのせいだ。

厄介な気持ちと思う反面素直にその気持ちが奈々実さんに通じると何とも言えないホッとした気持ちになる。

だから……オレには奈々実さんが必要なんだ……

いつもオレの隣に……傍に……いてほしい……


「奈々実さん」
「なに?」
「夕飯なんだけど奈々実さん作ってくれるの」
「え?」
「オレ流石に片腕だと包丁危ない」

そう言って包帯で巻かれた腕を上げて見せた。

「あ…そっか……」
「味付けはオレがやるから材料切って」
「いいわよ……なに?」

彼がじっと私を見てるから……

「あ……」

彼がそっと怪我をしてない腕で私を抱きしめた。

「奈々実さん」
「……な……に?」
「あと3ヶ月」
「え?」
「卒業まで3ヶ月」
「……うん……ねえ……」
「なに」

「今日は……本当にありがとう……」

私は今頃彼にお礼を言う……どうせ素直じゃありませんよ……

「別に」
「あの……自分から頼んだくせにこんなコト言うのはなんなんだけど……」
「?」

「もう……危ないことはしないで……」

「奈々実さん」
「正面切って立ちあわなくていいから……今日だって相手ナイフも持ってたのよ。
刺されたら取り返しがつかないもの」

そう……後で思い返すと本当にゾッとする……
何かあってからじゃ遅いってことを今日は実感した。

「その前に奈々実さん以外の女子のために……いや奈々実さん以外の他の誰にも小石1つ持ち上げるのも嫌だから」
「え?」
「今日は 『奈々実さんが何でもいうこときく』 って言うから助けただけだから。勘違いしないで」

そう言って彼の指先が私の頬に掛かる髪を掬い上げて耳に掛ける。

「!!」

私は彼のそんな仕草も目に入らないほど彼の言ったことに一瞬で真っ赤!!
え?それって……

「奈々実さんどうしたの顔赤い」
「……」

そのまま頬を滑って顎で止まるとクイっと上を向かされた。
いつもの無表情な顔の彼が私の顔を覗き込む。

「オレの言ってることに気付いた?」

そう……オレ今結構重要なこと言ったんだよね。

「う″っ!!」

奈々実さんが真っ赤な顔のまま言葉に詰まってる。
そんな様子を見てオレの言った意味は理解されたんだと納得する。

「よかった気付いたんだ。奈々実さん鈍いから大変」
「し…失礼ね!」
「チュッ ♪ 」
「!!」

彼が当然のように私にキスをする。

「婚約者の特権」

「生意気!!」


本当に生意気よーーーー!!

絶対名前なんか呼んでやらないんだからーーーー!!フンっ!!


私は恥ずかしさとテレを隠すために大人気なく心の中でそう叫ぶ。





Back    Next





  拍手お返事はblogにて…