ひだりの彼氏


89 ツバサ視点




「あ…あ…はぁ…も…ダメ」

「奈々実さん……」


キシキシとベッドがリズミカルに軋む。
卒業式に籍を入れてから毎朝といっていいほどオレは奈々実さんに手を伸ばす。
多少抵抗されるけど寝てた奈々実さんが逃げ切る確率はかなり低い。
毎朝それを狙って手を伸ばしてるんだけど奈々実さんはちょっと呆れ気味。
なんで?って顔をいつもする。
本当なんでなんだろうね。
毎朝思うけど気付くと奈々実さんを抱きしめてキスしてる自分がいるんだよね。

朝だからとこのくらいかと諦めて奈々実さんを解放すると
奈々実さんは疲労感でからかまたうとうとと眠り始めた。
まだ奈々実さんが起きるには早いから構わない。


「奈々実さん」
「……」
「奈々実さん」

名前を呼ぶけど奈々実さんはピクリと動くだけで目をあけない。
そんなに無理させたかな?なんて思いながらさらに奈々実さんに声を掛ける。

「奈々実さん起きないと会社遅刻だよ」
「………」

ベッドの中で奈々実さんは俯せのままだ。

「奈々実さん?」

ベッドに腰を下ろすとキシリと音がしてその音で奈々実さんの目が覚めたみたいだ。
うつ伏せで丸見えの奈々実さんの素肌の背中をツツツ…と指先で撫でた。
だって 『撫でて』 って言ってるみたいだったから。
動かなかった奈々実さんの身体がピクリと跳ねる。

「誘ってる」
「誘ってないからっ!!」

思ったことを口にしたら奈々実さんが肩越しにオレを振り向いて睨んだ。
誘ってないの?

「起きてるし喋れるし動ける」
「無理してだから!」

一言叫んで力尽きたようにまた枕の上に奈々実さんの頭がパタリと落ちた。

「もう…毎朝いい加減にしてよ…」

枕に顔を押し付けてるからくぐもった声で奈々実さんが文句を言う。

「だって大学ないし高校卒業したし新婚だし」

当然でしょ。

「目覚まさせてあげようか」
「!!」

耳元でそんなことを囁いたらまた顔だけ捻って肩越しにオレを睨む。
なに?

「結構よ!あっち行って!着替えるから」
「なんで」
「なんでって……朝からいやらしいわよ!」
「いまさらじゃない」
「じゃない!あっち行って!」

なんで朝からご機嫌ナナメなんだか。

「寝起き悪い」
「誰のせ……!!」

ベッドに座ったまま両腕を奈々実さんの身体を跨ぐように広げて手を着いた。
そのまま屈んで顔を近づけたら奈々実さんがものすごく驚いた。

「おはよう奈々実さん」
「……」

なんで無言かな?

「おはよう」
「おは…よう……んっ!」

反応の悪い奈々実さんにちゅっと軽く触れる朝の挨拶のキスをする。

「朝ごはんできてるよ」
「……うん」

こうすると奈々実さんは大人しくなる。
ホント可愛いよね。

奈々実さんと知り合ってから気付いたんだけどオレって結構キス魔だったりするんだろうか?
視界に奈々実さんの唇が入ると勝手に身体が動く。
他の相手には別になんとも思わなかったのに。

「大学始まるまでちょっとの間だけど朝ゆっくりできる」
「私は今までのままでいいのに……」

そんな奈々実さんの要望なんて却下だ。
籍も入れて夫婦になって高校も卒業してやっと自由になったのに何に遠慮しなきゃいけないんだか。

「新婚だから」
「!!」

なんでそんな驚いた顔するんだろね奈々実さん。
またなにか良からぬことでも考えてたのか。

「ちゃんと伴侶としての役目を果たしてるつもりなんだけど」
「……」
「ご飯冷めるよ奈々実さん。お弁当もあるから忘れずに持っていってね」
「……ありがとう」

時間に余裕がある分毎日奈々実さんのお弁当を作ってる。
大学が始まったらどうなるかわからないけど今は出来ることはしたい。
それにお弁当なら奈々実さんは残さず食べてくれるから。

奈々実さんと知り合って自分がこんなにも尽くすタイプだったとは……わからないもんだ。



高校を卒業して初めての日曜日に身内だけの結婚式を挙げた。

自分は男だしそんなに結婚式に憧れとかはない。
だから服装もこだわることなくアッサリと決めた。
今風の洒落たタキシードだったけどそんなオレを見た奈々実さんがじっと見つめてるのに気付く。
オレが学ランを着たときと同じ眼差し。

「また見惚れた」

奈々実さんの耳元で囁いた。
そんなオレの言葉に返事はなく唸りながら俯いてる奈々実さんの耳元にまた囁く。

「奈々実さんも綺麗」

そう……真っ白なウェディングドレス姿の奈々実さんは本当に綺麗だった。
式まで内緒と安奈先輩に言われてどんなドレスなのか教えてもらってなかったから。
一応想像はしてたけどまさかこれほど衝撃を受けるとは思わなかった。

いつもは下ろしてる髪を結い上げていつもは見えない項が見えてるし
いつもよりしっかりとしたお化粧に数々のアクセサリーに頭にはティアラだ。

本当に綺麗だと思った。
女子にそんなことを思ったのは初めてでやっぱり奈々実さんはオレにとって特別になってる。


祭壇の前でお互いに誓いの言葉を言ってキスをした。
後悔はしてない……奈々実さんも後悔なんてしてないよね?

神様に永遠の愛を誓ったんだから今さら撤回は認めないし
これから先も誓いを破ることは許さないからね。



お互いの親と姉妹と……
式場で式を挙げた後ささやかながら披露宴がわりに全員で食事をした。

奈々実さんと絢姉さんと泉美との初めて対面だ。

ワザと2人には今日まで会わせなかった。
絢姉さんには夏祭りの時携帯で撮った写真を見せたことはあったけど泉美にはそんなこともしなかった。
泉美自体オレの相手に興味なんてないのはわかってたしオレも泉美に……なんてことはコレっぽっちも思わなかったから。

「はじめまして。ツバサの姉の絢です」
「は…はじめまして…」

初めての対面で奈々実さんは緊張気味だ。
色々話だけは聞いてるから仕方ないけど。

「婚約者の笹岡惣一さんです」
「はじめまして笹岡です。今日はおめでとうございます」

婚約者と紹介された相手に頭を下げる奈々実さん。
奈々実さんにとって害になるような相手じゃないことはわかってる。
絢姉さんに関してはこの人には助けられた。
きっとこの人がいなかったら式も挙げず籍だけ入れることになったかもしれない。
一緒に暮らせたかも怪しい。

「やっぱりツバサは年上を選んだのね」
「え?」
「ツバサに年下や同い年は似合いませんもの。そうだったら私は反対しました」

そう言ってうふふ♪と笑う絢姉さんを見て奈々実さんの顔が引き攣ってる。

「は…はぁ…」

どうやらすんなりと受け入れられたらしい。

「僕も年下なんです」

笹岡さんが頭をポリポリと掻きながら照れ臭そうに笑う。
社会人とは思えない顔と仕草に絢姉さんは落ちたのか……

「でも頼りになって私のこともちゃんと守ってくれてるわ」

相変わらずの絢姉さん……人前でも惚気るんだよな。
オレのこともよく″自慢の弟なの可愛くて″って絢姉さんの友達にも言い切ってたし。
やっとオレの代わりが現れた。


「やっぱお前は年上が相手かよ」

マタニティドレスを着た泉美がニヤニヤした顔で立ってた。
泉美のすぐ傍に泉美より2回りはデカイ男が立ってる。
格闘オタクの泉美の相手はいつも格闘家。
空手やってたりボクサーだったりだいたいがまだメジャーではない奴ばっかり。
結婚相手はプロレスラーということだけどまだまだメジャーとは言えない。
生活には困らないらしいけど。

「あ…初めまして」
「どーも。あんた本当にコイツでいいの?やめるなら今のうちだよ」
「え?」

初対面でいきなり奈々実さんに余計なこと言うな。
やめるなら今のうちって……もう籍も入れてるんだけど。
まったく……泉美は相変わらずだ。

「余計なこと言わなくていいから」
「あたしが教えたこと役に立ったか?」
「………」
「?」

泉美がそう言ってニヤリと笑う。
また余計なことを……奈々実さんがキョトンとしたままオレと泉美を見てる。

「オラ!めでたい日に変なコト言ってんじゃねーよ」

泉美の旦那が空気を察して会話に入って来た。
空気の読めない泉美とはエライ違い。

「お2人さんすみません。泉美いくら翔君が可愛いからってこんな日までからかうな」

「「可愛いぃ?」」

ありえない言葉にオレと泉美の声がピッタリと重なった。

「冗談でしょ!光司!誰がこんな男!」
「それはこっちのセリフ」
「まあまあ2人共照れんな!」
「痛い」

泉美の旦那がバシバシとオレの肩を豪快に叩く。
真面目に痛い。

「もう変な勘違いしないでよ!」

ドスリと泉美が旦那の脇腹に肘鉄を繰り出すけどまったく効いてる様子はない。
もともと効かないのか泉美が加減してるのか……
もし加減してたとしたら泉美に女らしさが見えて背中に悪寒が走った。

「嬉しいくせによ」
「だから違うってば!」

ホント違うからそのとんでもない勘違いどうにかしてほしい。
旦那の教育はしっかりしてもらわないと困る。
それに目の前でイチャつくのも目障りだからマジでやめてほしい。

「大丈夫?」
「骨が折れる」

心配そうな顔でオレを見る奈々実さん。
その顔がなんともほほえましい顔で絶対なにか勘違いしてると思った。
後でじっくり話し合おうと思う。


食事の間もそれぞれ家族同士の話題は尽きなくて……

ずっと最後まで和やかな雰囲気だった。





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