「り……りゅうちゃん?」
「なになに?」
「なに買ってきたの?」
「ひゃあああ!!」
ダダダダダ、ダメですよーーーー!!
お子ちゃまに、これは見せられません!
「あわわわ! な、なんでもないですよ?」
「えーうそだ」
「ひーちゃん、あやしいもん」
「あや…怪しくなんてないですよ?」
藍華ちゃん、鋭いです。
「じゃあ、それなに? なにかってきたの?」
「なんでもないですよ」
「なんでもないならみせてよ」
「ええ!?」
ごもっともですが……ど、どうしましょう。
ピンチです。
「うぅ……ト、トイレに行ってきますぅ〜」
「あ! ひーちゃん!」
「ひかり! にげたー!」
「ち、ちがいますぅ! さっきから我慢してたんですー」
私はビニール袋を握りしめて、トイレに駆け込みました。
「こら! お前らいい加減にしろ!」
りゅうちゃんの怒った声が聞こえます。
もとはといえば、りゅうちゃんが急にこんなものを買ってくるからで……お子ちゃまたち、ごめんなさい。
と言いつつも、お子ちゃまたちの反撃の声が聞こえています。
強いです。
「ふう……」
トイレ中で落ち着いて、握ったビニール袋を見つめます。
そういえば、以前りゅうちゃんに言われていたんでしたっけ。
もしかしたら、赤ちゃんができるかもしれないって。
だから入籍も急いだんでした。
赤ちゃんができたから、って理由で結婚したくないって。
赤ちゃんができる前に、籍を入れておきたいって。
そのことを忘れていたわけじゃないですが、毎日が楽しくて気にしていなかったんですよね。
「ちゃんと確かめないと……ですよね」
私は心を決めて、ビニール袋から検査薬を取り出しました。
居間の戸を開けると、3人が一斉に私を見ました。
「ひかり!」
りゅうちゃんはすぐに立ち上がって、私のところに駆け寄ってきました。
「どうだった?」
りゅうちゃんが、なんとも言えない顔で私に聞いてきました。
期待半分、不安半分といったところでしょうか。
「りゅうちゃん……」
「うん、うん」
まだなにも言ってないのに、りゅうちゃんが何度も頷きます。
私は持っていた検査薬を、お子ちゃまたちには見えないようにりゅうちゃんに見せました。
「……あ!」
「りゅうちゃんの言っていたとおりでした」
「ひかり……」
りゅうちゃんの顔が途端に綻びます。
私の持っている検査薬には、陽性反応がしっかりと表れていました。
「明日、ちゃんとお医者さんに行って診てもらいますね」
「うん! うん!」
「家族がひとり増えますね。りゅうちゃん」
「うん! うん!」
「私たち、お父さんとお母さんですね」
「うん!」
「私、嬉しいです!」
「俺だって嬉しいよ!!」
私たちはお互いの手を握りあって喜びました。
「りゅうちゃんもひーちゃんも、どうしたの?」
「なにがそんなにうれしいんだよ?」
お子ちゃまたちふたりが、喜びを分かち合ってる私たちを見て不思議そうに聞いてきました。
「よく聞け! お前達!」
「「?」」
片手を腰に当てて、もう片方の手は親指をお子ちゃまたちに向かってビシリ! と立てています。
そして顔は、ニカッ! っという音が聞こえるような白い歯を見せた笑顔です。
「なに? りゅうちゃん」
「そのかお、きもちわるいぞ」
お子ちゃまたちは、そんなりゅうちゃんに呆れた眼差しです。
さっきも、お子ちゃまたちには意味不明な行動をしていましたから仕方ないのかもしれませんが、
い…今だけは、りゅうちゃんにカッコつけさせてあげて下さい!
「ふたりとも、聞いて驚け。俺とひかりに、赤ちゃんができた!」
「「え?」」
ふたりはコップを持ったまま、りゅうちゃんをジッと見ています。
「それって、どういうこと?」
「なんだ? あした、あかちゃんをつれてくるのか?」
「ちがう! ひかりのお腹に……ここに! いるんだ」
りゅうちゃんが得意げに、私のお腹を撫でながらふたりに説明します。
「ほんとうか? ほいくえんであかちゃんがいるおかあさんは、おなかがもっとおおきいぞ」
「まだ小さいんだ。これから大きくなるんだよ」
「むう……」
克哉くんはまだ信じられないらしく、う〜むと唸っています。
「ひーちゃん、ほんとうにあかちゃんいるの?」
女の子だからでしょうか、藍華ちゃんはあっさりと納得したようです。
「はい。明日、ちゃんとお医者さんに行って診てもらいますけどね」
「あかちゃん、いるといいね」
「はい」
「うまれたら、だっこしてもいい?」
「はい、お願いします」
「わたしはおんなのこがいいな〜」
「おれはおとこがいい」
「なによ! さっきはうそだとおもったくせに!」
「ちがう! かんがえてただけだ」
「ほら、お前ら。腹の前で喚くな。腹に響くだろ」
「あ!」
「む!」
「そんな……大丈夫ですよ」
いまからそんなに心配して、大丈夫でしょうか?
次の日、急かされるように病院に向かいました。
りゅうちゃんは仕事だったので、私ひとりで行きました。
朝からりゅうちゃんが“どうして今日、仕事なんだーーーー!!”と、叫んでいました。
本当はりゅうちゃんが仕事から戻ってから直接伝えたかったのですが、
りゅうちゃんが我慢できなくてお昼休みに電話がかかってきました。
「落ち着いたら母子手帳を貰いに行きたいので、連れて行ってください」
と、お願いしたら
「もちろん! 喜んで!!」
と、返ってきました。
縁側に座布団とお茶を用意して、日向ぼっこです。
「ふう〜〜」
今日は書道教室もなく、のんびりと過ごしています。
ほんのちょっと前までは、この家にひとりで暮らしていた私。
長い長い片想いを抱えながら、これから先もこんなふうに捨てることもできない初恋を思いながら
生きていくんだと思っていました。
あのときは、長い片想いの終わりがこんな終わり方なのかと、なんて恋の神様は理不尽なんだろうと
思いつめていましたが、それは全部私がりゅうちゃんに出会うためだったんですね。
最初はそんなふうに思えませんでしたけど、あの日失恋して飲みに出かけなければりゅうちゃんとは
出会うことはなかったんですから。
そう思うとあんな終わり方でしたけど、最後の最後でいつまでたっても幼馴染みには異性として
私は見てもらえないということをハッキリさせることができてよかったのかもしれません。
いくら私でも、もうこれっぽちも望みのないことは自覚できましたからね。
今は、長い初恋だったな〜と思うだけです。
りゅうちゃんとは出会ってすぐに結婚の妊娠でしたから、これから夫婦でありながら恋愛もしていけたらと思います。
りゅうちゃんは、まだ私がりゅうちゃんのことを想っていないと思っているみたいですけど、そんなことはありません。
最初はたしかに流されてたところはありますが、なんていうんでしょうか?
りゅうちゃんに対して、不快感や嫌悪感を思ったことは一度もないんです。
きっとりゅうちゃんが出会ったときすでに、私の旦那様になることが決まっていたからじゃないんでしょうか?
だからお互い時間も関係なく、相手を受け入れてしまったんではないでしょうかね。
りゅうちゃんは一目惚れと言っていましたが、私もそうだったのかもしれません。
「ふふ♪」
初めてりゅうちゃんを見たときよりも、今はもっともっとりゅうちゃんのことが好きになっています。
そしてこれからも、もっともっとりゅうちゃんを好きなると思います。
そんなことをりゅうちゃんに言ったら、俺だってと言いそうですけどね。
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