Love You ! 番外編 勘違い症候群☆



04




「おめでとうございます。もうすぐ3ヶ月に入りますよ」

50代かと思える白髪まじりの先生が明るい声と笑顔つきで言ってくれた。

「ほ……本当ですか?」
「はい」
「あ……ありがとうございます!!」
「いや私が頑張ったわけではないんですけどね。お礼はご主人に言ってあげてください」
「え?」

先生と傍に立つ看護師さんにクスリと笑われてしまった。

「あ!そ……そうですね。スミマセン……変なこと言っちゃって……」
「だた初期なのであまり無理はしないようにね。貧血も出てるから鉄分の薬出しときますからちゃんと飲んで」
「はい」
「あんまり貧血がひどいと注射打ちに来てもらうようになるからなるべく鉄分の多いもの食べてたりして頑張って」
「はい」
「つわりも辛いなら点滴っていうのもありだから我慢しないで言ってください」
「はい……あの先生」
「ん?」
「妊娠して……今まで大丈夫だったものがダメになったりとかってありますか?」
「あるよ。よくご飯の炊けた臭いがダメになったりスーパーの魚のコーナーの臭いがダメになったりね」
「はあ……」

へえ……そんなこともあるんだ。

「それに好みが変わったりね。ウチの奥さんはつわりのとき今まで好きじゃなかった
ヨーグルト食べれるようになったかな。冷たくてスルっとしてて食べやすかったみたいだし。
それになぜか塩味のポップコーンをひたすら食べてたね」
「ポップコーン?」
「それだけはいくら食べても吐かないんだって。
つわりが治まったらパッタリと食べなくなったよ。
人の身体って不思議だよね。そういえばよく眠るようにもなったかな?
ちょっとした時間でも寝てたみたいだね。本人は眠くて仕方ないって言ってた。
今はそんなことないからやっぱり妊娠中は身体も変化するんだよね」
「はあ……」

先生は思い出しながら奥さんが妊娠してるときの色々な話を楽しそうにしてくれた。
思えばここ最近の私の色々不可解なことは赤ちゃんができたことを私に知らせてくれてたのね。

ごめんね……私……気づかなくて……

レンジさんとのキスもレンジさんが嫌だったんじゃなくてタバコの味が嫌だったんだ。
そういえばタバコの味がしないときは全然平気だった気がする。

「人ひとりを自分の身体の中で育てるんだから色々あるよ。
それでもその妊娠期間を楽しんで過ごしてくれたらいいなと思いますよ」
「はい……」
「ウチの奥さんつわりも酷かったし妊娠中のストレスが結構あったみたいでね。
子供は欲しいけど妊娠期間が嫌だなんてクドクド言われたし」
「へえ……」
「先生!これから産む方にそんな話しないでくださいよ!不安になるじゃないですか」
「え?ああ……ごめん。ウチは僕が婦人科の医者やってるから余計文句言いたかったんじゃ
ないかと……だから鏡さんは気にしないでください」
「はい……」
「あまり重く考えないで。でも軽くも考えないでくださいね。
調子が悪かったら休んで不安ならなんでも相談してください」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ次は2週間後に来てください」
「はい」
「ああ!」
「?」

イスから立ち上がって診察室を出ようとしたら先生が呼び止めた。

「激しくしなければ夫婦生活は大丈夫ですのでご主人にちゃんと話してくださいね」
「へ?」

夫婦……生活……って?

「!!」
「じゃあ2週間後」
「あ……ありがとう……ございました」

お年の割には爽やかな笑顔の先生に私は曖昧な笑顔を向けて診察室の扉を閉めた。

産婦人科って……内科のお医者さんと違って色々恥ずかしいこともあるかも。
っていうのが私の感想だった。



「ふふ……」

さっきから顔が緩みっぱなしの私。

診察が終わって会計を待つ間も半休で休んでた会社に向かう電車の中でも私は“ふふふ……”
と笑ってたと思う。
病院で会計を待ってる間にレンジさんにメールした。
さすがに赤ちゃんのことはメールでは知らせたくなくてそのことは書かなかった。

『 今夜帰ったら大事な話があります。帰る時間がわかりましたら連絡ください。   智鶴 』

「よし!っと。レンジさん驚くかな?」

喜んでくれるかな……喜んでくれるよね?

私はまだペッチャンコの自分のお腹を服の上から優しく撫でながらレンジさんのビックリして
驚いた顔を想像してまたクスクスと笑ってしまった。



「う”っ!?」

休憩時間に携帯を見ると智鶴からメールが届いてた。
送信されてから大分時間が経ってた。

『 今夜帰ったら大事な話があります。帰る時間がわかりましたら連絡ください。   智鶴 』

その送られたメールの内容に俺は“ついに来たか!!”という気持ちで心臓がバクバクと動き出す。
そうそう心臓が跳ねることなんてねぇ俺がたかがメールの文章を見て焦るって一体なにがどうなってんだか。
違う。送り主が智鶴だからだ。

「はあ……」

大事な話……なんとなく想像がついて溜息が漏れる。
俺の撮影は残り数シーンのはず。
大まかな予想を立てて智鶴に返事のメールを返した。
その後は共演者に“NG出すんじゃねぇぞ!”オーラを出しまくって何とか今日の自分の分の撮影を終わらせた。

控え室から出た時間は夜の9時前。
これならゆっくりと落ち着いて智鶴と話ができ……

「鏡さーーん!!」
「?」

正面玄関に向かってる途中で名前を呼ばれて振り返るとなんとも情けねぇ顔した香川が走ってきた。
どう情けねぇかって言うと高校のとき出たばっかの全バイト代が入った財布を落としたダチの顔みたいに情けなかった。

「どうした?」

一応立ち止まって香川の様子を見る。
眉毛は八の字で今にも泣き出しそうに見えるのは俺の気のせいか?

「こ……これ見てくださいよーーーー!!」
「あぁ?」

差し出されたのは携帯で多分香川の携帯だろう。

「?」

仕方なく携帯を受け取って表示されてる画面に視線を落とす。
画面はメールで数行の文字が見えた。

「なんだよ?読んでいいのか」
「読んでください」
「…………」

『 やっぱり幹久君のこと信じきれない。悪いけど別れる。今までありがとう。さよなら   由里 』

「…………」

どうやら別れのメールらしい。

「香川……」
「オレなにもしてないんですよーーそれは本当です!浮気なんてしてないし……」
「なら連絡してヨリ戻せ」
「簡単に言わないでくださいよぉ」

そうか?今ならまだ間に合うんじゃねーか?

「どのくらい付き合ったんだ」
「2ヶ月くらいです」
「…………」

ああ……でも別れを決めた女は案外アッサリしてんのかもしんねぇな。
今まで俺と付き合ってた相手も別れるときも別れた後も結構アッサリしてたもんな。

「お前ならすぐに新しい相手見つかんじゃねーの?そう落ち込むな」
「そうですかね……」
「ああ」

仕事でもプライベートでもそんなに悪い男じゃねぇと思うから早い時期に新しい相手が
見つかると俺は思うけどな。

「というわけで鏡さんこれから付き合ってください!!」
「はあ?」
「オレも自分の撮影終わりましたから」
「いや……今日は無理」
「少しでいいんです!!鏡さーーーーん!オレを助けると思って!!」
「いや今日はマジで無理」
「幸せな鏡さんには家で可愛い奥さんが待ってますもんね!」
「なんだよ。絡むんじゃねーよ。それに俺は車だから無理だって」
「車はマネージャーさんに乗ってってもらえばいいじゃないですか」
「俺にはマネージャーなんていねぇんだよ」

俺のマネージャーは一応黒柳になってるが撮影現場に来るなんて滅多にねぇ。
もし車の運転だけのために黒柳を呼んだりしたらどんな説教喰らうかわかんねぇ。
運転代行もいくらビジネスとはいえ他人に自分の車を運転されんのは気分が悪い。

「あ〜〜幹久君なにしてるの?」

声のする方を見れば帰る支度バッチリの白鳥がマネージャーと一緒に廊下を歩いてくるところだった。

「ああ白鳥さん!いいところに!」

一瞬にして香川の顔が晴れやかになる。
はぁ?なにがいいところににだ!!

「鏡さんまで?」
「俺は関係ねぇ」
「鏡さんヒドイ!白鳥さん時間ありますか?」
「俺と白鳥を巻き込むんじゃねー香川!!」
「え?なんですか?」
「ちょっとでいいんです。これから飲みに行きましょう」
「え?これから?」
「オレの傷心を癒す飲み会です」
「はい?」
「コレ見てください」
「?」

俺のときと同じように香川は自分宛の彼女……ああ今はもう元カノか?
からのメールを携帯ごと白鳥に見せた。

「あら……お気の毒」
「だから飲むの付き合ってください」
「まあかまわないけど……鏡さんも?」

明らかに迷惑そうにしてる俺の顔を見て白鳥が伺うように俺に確かめる。

「俺は……」
「もちろんです!!さあ行きましょう!!」
「なっ!オイ香川……俺は……」
「お酒飲めないならご飯だけでも付き合ってください」
「だから……」
「と言うことで鏡さんの車で移動しましょう!」
「ちょっと待て!誰も付き合うなんて言って……」

グイグイと背中を押される。

「明日の撮影をスムーズに進めるためです。共演者のテンションが低かったら困りますよね」
「そんなの自分で処理して自分で浮上しろっ!俺を巻き込むな!!」

とにかく俺は今夜智鶴と大事な話しが……

「香川君ちょっとだけよ?明日も撮影あるんだし」
「わかってます」
「と言うことですので鏡さんもちょっとだけ付き合ってあげてください」
「…………」

結局邪険にすることができず押し切られ俺達は駐車場に向かって歩き出した。





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