オレの愛を君にあげる…



02




「はっ!」

突然目が覚めた。

「どうしたの?」

耳に入ってきたのは女の声。
街でオレに声を掛けてきた年上の女が、裸のままベッドの上で頬杖をついて、
不思議そうにオレを覗き込んでる。

「え?ああ……何でもない」

オレは自分の額に手を当てて、女の問い掛けに答える。
どうやら終わった後、珍しくそのままウトウトとしたらしい。
起き上がって見回した部屋は、さっき入ったラブホテルだった。
いつもなら、サッサと帰ってたのに……おかげで夢なんか見た。
あの頃の夢……。

あーークソ!!なんでまたあの頃の夢なんて……チッ!気分悪い。

別にいじめられてたのが嫌だったんじゃない。
あの頃を思い出すたびに、あの場にいた奴等全員をブッ飛ばしに行きたくなるのを、
我慢しなきゃいけないのが気分悪い。

「すっごく気持ち良さそうに眠ってたわよ」
「そう?」

オレはベッドから出ると、タバコに火を点けた。
タバコを吸っても苦いと感じることもなくなったし、むせることもなくなった。
流石に慣れた。

週に何回か街で声を掛けた女の子とホテルに行く。
その場限りの一回だけの相手。
今日は反対に声を掛けられたんだが、たまにそんなこともある。
相手は時々高校生のときもあるけど、大体は年上を選ぶ。

高一のころからそんなことをしてるから、何となく後腐れなさそうな女はわかるようになった。
今日もそんな女を選んだつもりだったんだけど……時々ヘマをする。

「ねぇ?ケータイの番号教えてよ」
「なんで?」

オレは迷いもせずに即答。

「なんでって……また会いたいからに決まってるじゃない」

やれやれ……オレは心の中で溜息をつく。
こういうときは 『本当のオレ』 になって答えてやる。

「最初に言わなかったけ?今夜一晩だけの相手って」

今度はちゃんと表に出して、溜息混じりでさっきよりも大分低い声で、吐き捨てるように言った。

「でも……」

女の言葉をさえぎるように静かに続ける。
静かというよりも冷淡というべきかもしれないけどね。

「約束……守ろうね。オレしつこい子キライ」

同じ女と2度なんて滅多にない。
ほとんど1度きりだし、ひとりの女とどうこうなんて思ったこともない。

オレが捜してる子なんて……逢えるはずないから。


──── オレの胸の真ん中には暗くて深い穴がある。

物心ついた頃からそれはそこにあって……いつも黒く渦巻いている。

本当のままの自分でいると、それは大きくなって深くなる。

『本当のオレ』 ──── 他人のことなんてこれっぽっちも関心もなくて暗くて重いオレ。

だから明るくて軽いオレをいつも “演じて” 本当の 『オレ』 を隠してる。

そうしないと 『オレ』 が生きていけないから。

そうしないと自分の胸の中にある暗くて深い穴にとり込まれて……『オレ』 が消えてしまうから。

だからオレはその穴を埋めてくれる人をずっと前から捜してる。

オレを愛してくれて……支えてくれる人。

ずっと願ってた……。


親にも誰からも必要とされなかったオレを愛してくれる人。


でもそんな人は今までいなかったし現れなかった。

きっとこの先も現れることなんてあるわけがない……あるわけがないんだ……。




ナゼかオレはよく目を付けられる。
高校入学直後に先輩の方々に、早々に屋上にお呼ばれになった。

何でだろ?オレ普通だろ?

先輩方のご要望としては1年でノーネクタイのオレが生意気だそうだ。
そうなの?オレネクタイ嫌いなんだから仕方ないじゃん。
束縛されてるみたいで嫌なんだよね。

だから先輩方にはそのことを理解してもらうしかない。
丁寧に話しても聞き入れてくれないから、仕方なく力づくで話し合った。
聞き分けのいい先輩で良かった。

「先輩オレにチョッカイ出すのもう止めて下さいね。
オレは平和かつ、平凡に高校生活送りたいんですから ♪」

さほど乱れていない制服を直しながら、地面にノビてろくに返事もできないる先輩達に、
ニッコリと笑って言った。

先輩達は快く承諾してくれたらしい。
その日から誰もオレには構わなくなた。
良かった ♪



「慶彦?」

高校を入学して直ぐ、学校帰りに声を掛けられた。
聞き覚えのある声だった。

「おひさ!」

振り向くと見覚えある女の人が、オレに手を振りながら近づいて来る。

「輪子さん?!」
「そっか。高校生か!」

制服姿のオレをまじまじと見て、輪子さんは笑いながらそう言った。

「今年からね。輪子さんは……警察官だっけ?」
「そうよ。それにしても大きくなったねー。あんなチビだったのに」

輪子さん……同じ施設にいた5歳年上の人で、お姉さん的な存在だった人。
明るくてサバサバしてて……それにナカナカの美人だ。

『慶彦に入学祝いあげる……』

そう言って輪子さんはオレを抱いた。


「あ〜あ、これってバレたらヤバイんだよねぇ〜〜」

輪子さんがちっとも困ってない顔で、クスクスと笑ってる。

「バレたらあたし刑事辞めなきゃだわ。慶彦、ちゃんとバレないように気をつけてよ」
「わかってるって」

オレがそんなドジするわけないのにさ。
そんなことより……

「ねぇ輪子さん……」
「なに?」
「今度はオレが輪子さん抱いていい?」

おねだりするように首を傾げて、輪子さんの顔を覘き込む。

「え?」
「抱いてみたい」
「あんた……タフだね?」

呆れたように言ったけど、輪子さんはオレを引き寄せてくれた。

「じゃあ思いっきり激しく……ね」
「わかった」

オレは嬉しかったんだ。
やっとオレのことを、受け止めてくれる人に出会えたと思った。

だから言われたとおり、激しく輪子さんを抱いてあげた。
でも初めてだったから、激しかったのか乱暴だったのかわからなかったけど。

それでも輪子さんは、満足してくれたからオレはもっと嬉しくなった。

──── 輪子さん。

オレの胸の中の穴を埋めてくれる人……オレを愛してくれて……支えてくれる人。

だからオレは本当の 『オレ』 を輪子さんに見せた。

輪子さんを愛したくて……輪子さんにオレを愛してほしくて……。


毎日が楽しかった。
会う度に身体を重ねあって……それがずっと続くと思ってたんだ。

だって輪子さんは、オレの捜し求めてた人だと思ったから。



でも……終わりはすぐにやってきた。

いつものようにオレは輪子さんに絡み付いて、まとわりついて、輪子さんに愛を求める。

裸の輪子さんに後ろから抱きついて、身体中で輪子さんを傍に感じたかったんだ。


「ちょっと……ちょっと待って慶彦!」
「なに?」

輪子さんが抱きついてたオレから少し離れて、目を逸らした。
いつもと態度が違うと思いながら、オレは気づかないフリをしていた。

「んーー悪いけどあたしには無理!」
「え?」

無理って?え?なに?なにが無理なの?輪子さんなに言ってるの?

「あんたの……あたしに求めるものって、はっきり言って重いんだよね」
「 ! 」

胸まである長い髪をかき上げて、オレから目を逸らしたままの輪子さん。
なんで?なんでそんなに困った顔するんだよ?輪子さん!?

「ごめん。あたしじゃ受け止めきれないよ。あんたのその思いにあたしは応えられない」

「…………」


部屋の中に重い沈黙が流れた。

輪子さんはもう……オレを見てくれない。

拒絶されたんだと……もうここには……輪子さんの傍にはいれないんだと、その沈黙で理解した。



輪子さんの部屋からの帰り道。
重い足を引きずりながら、ノロノロと歩き続けた。

ちぇ……何だよ。
ただ好きだって表現してるだけなのに……“重い”って何だよ。

不貞腐れながら、思わずタバコに手を出してしまった。

うげーー苦げーー!!頭がクラクラする。
最初の一吸いで死ぬかと思った。
口の中がスゲー不味い。

「はあ……」

そんなことを考えても、直ぐに現実に引き戻される。

同じ境遇の輪子さんなら、わかってくれると思ったのに。

ならどうすればいいんだよ。
相手に愛を求めちゃいけないのか?


オレはとことん相手を愛したい。

そして愛されたい。

ただそれだけなのに……


まだ大分残ったタバコを、フィルターの部分でボキリと指で折って道路に投げ捨てた。
未だに火は消えず、白い煙だけが細々と揺らいでる。

まるで今のオレみたいだ。
心がボッキリと折れて……でもまだ生きてる……。

同じ境遇の輪子さんにでさえ、重いと言われ拒絶されたオレの愛し方。

だったら、もう誰にも本当の自分を見せる必要なんかない。

オレはこの日、そう心に決めた。








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