オレの愛を君にあげる…



28




「はぁ……気分が重いなぁ……」

オレは駅のホームに向かってエスカレーターを降りた途端、溜息をついた。
大学が終わったあと、知り合いの人の会社に向かうことになった。
連絡があったのが祐輔とは別れた後だったから、一緒に行ってもらうわけにもいかず……。

一度、家に寄ったから遅くなった。

電車に乗るために、ひとりで駅までやって来たんだけど……。

電車がホームに入って来た。
目の前でドアが開いて、オレに乗れと催促する。
目線を車内に向けると、何気に混んでる。
やっぱりだ……。
オレは俯いてため息をつく。
この時間って、混むから嫌なんだよな。
仕方なく乗り込んで、そのまま入り口の横で手摺りに掴まって立った。
勿論、壁に向かって他の人と目を合わさないで済むように。

目的地は5つ目の駅。
時間にしたらそんなでもないんだけど、人混みが嫌いだからオレは生きた心地がしない。

いつもは祐輔と一緒だから安心して乗れるんだけどな……ひとりは緊張する。

電車が発車してすぐに、オレの後ろからニュッっと腕が伸びてきた。
そしてオレが掴んでる手摺りのすぐ上の場所を掴んだ。

「!」

なっ!?なに?
心臓が飛び出るほど驚いた!

オレの後ろに、人が立ってる?え?ウソ!?
確かに車内は空いてるとは言えないけどそんなに密着するほど混んではいないはず。
手摺を掴んだ手が男の人だっていうのはわかってた。
お、男の人?嫌だな……。

え?こ、これって……ま、まさか……もしかして……痴漢!?

飛び出そうだったオレの心臓は、今度はバクバクと動きだした。
呼吸も苦しくなってくる。
身体も緊張して固まる。

どうやら真後ろにいるわけじゃなくて、オレのちょっと斜めうしろに立ってるらしい。

服が見えて、身体の輪郭が見えた。
どうやらオレよりだいぶ背が高いらしい。

オレ、見た目こんなだから勘違いされてるよな……。
やっぱり痴漢?ううっ…ど、どうしよう。

でも、一体どんな人がうしろに立ってるんだろ?

それが気になってちょっとだけ勇気を出して、ソロリと目線だけ後ろに向けてみた。
視界の端に人の影が映る。
徐々に視線を上に上げていくと……。

「へ?椎凪っ!?」

思わず叫んでしまったオレに、椎凪が黙って自分の口に人差し指を当てて 『しーーー』 ってした。

「あ!」

思わず口に手を当てて塞ぐ。
そうだ……電車の中だった。
でも、驚くのはしかたないよね?
だって、まさかこんなところに椎凪がいるなんて思うはずないじゃん。

「な、なんでこんなところに椎凪がいるの?!」

オレの正直な気持ちのそんな質問に、椎凪はニコニコと笑ってる。

「え?もしかしてオレのあと尾行(つけ)てきたの?」

椎凪を見上げて、電車の中だからと小さな声で聞いた。

「遅くなるってメールくれたでしょ。帰りが心配だったから駅で待ってたの。これでもオレ刑事だよ」

当然とでも言いたげに、ニッコリと笑う椎凪。
駅に向かう前に、椎凪に連絡したのは本当だ。
だけど……まさか、椎凪がオレを追ってくるなんて思うわけない。

「…………」

ということは駅に着いてからずっと、オレの行動は椎凪に見られてたってことだよね?

ううっ……な、なんか……恥ずかしい。
オレ、変なことしてなかったよな?
あ、怪しい……かも。
無言でアレコレ考えていたら、椎凪がオレに話しかけてきた。

「こんなに混んでるのに、こんな場所に立ってたら痴漢に遭っちゃうよ。耀くん可愛いんだからさ」
「んっ!……もう!椎凪!!」

オレの耳元に口を近づけて囁くから、直接耳に椎凪の息がかかって身体が跳ねた。
しかも、変な声が出ちゃったじゃないかっ!!いきなり止めてよね!

おかげで、今までと違うドキドキが始まる。

「だからオレ、ボディガード♪」
「……………」

見上げれば椎凪はもの凄く爽やかに笑ってるけど……オレにとって、椎凪も危ないにはかわりないんだよね。
いや……拒絶できない分、椎凪のほうが痴漢より性質が悪いかも。

「!」

スルッと、椎凪の腕がオレの腰を後ろから抱いた。

「ちょ……ちょっと椎凪っ!!」

オレは首だけで振り向いて、椎凪に文句を言う。
やっぱり思ったとおりだった!

椎凪には、背中を向けて乗ってたんだ。
だって恥ずかしいから、向かい合ってなんか立ってられないもん。
こんな間近で……。

「混んでるから」

嬉しそうにニッコリ笑ってる椎凪……ウソばっかり。
そんなにくっつくほど、ギュウギュウ詰めじゃないだろ。
やっぱり椎凪のほうが痴漢だよ。

「もう……」

オレはきっと、顔が真っ赤だったろう。

でも……本当は椎凪が来てくれてホッとしたのは事実だった。
ひとりでは不安だったけど、今はすぐ傍に椎凪がいてくれると思うだけで、安心して電車に乗れる。

椎凪の温もりが背中に伝わる。
それに、この感じはオレの頭に椎凪の唇が触れてる。
ときどき唇の尖った感じが伝わるところをみると、椎凪はオレの頭に何度も触れるだけのキスをしてるはず。
もう……ホント、セクハラだってば。
でも、そのくらいは放っておくことにした。
イジケて拗ねられるのも困るから。

手摺りを掴んでるオレの手の上に、椎凪の手がある。
握られてるわけじゃないけど、ちょっとだけ重なって触れてる肌がジンジンと温かくなってくる。

ああ……なんかホッとする……癒されるかも。

そのあともなにを話すわけでもなく、ふたり電車に揺られながら目的の駅に着いた。



駅から歩いて15分ほどのところに目的の場所がある。
オレは10階建てのビルの中にある、とある会社のドアを開けた。

「こんばんは」
「あ!望月君、悪いね。あれ?」

入って来たオレと椎凪を見て、対応していた男の人が驚いた顔をしてる。

「珍しいね、君が新城君以外の人と一緒なんて……」
「ちょっとね……」

どうやら驚かれたらしい。
まあ、今までのオレを知ってるから当たり前だけど。
そういえば、椎凪をココにつれて来たのは初めてだった。

「えっと……“椎凪”、それとこちら岡田さん。ここの会社の社長さんなんだよ。大学の先輩だった人なんだ」

もの凄く手っ取り早いふたりの紹介だった。
だって……オレにはこれで精一杯だもん。

最初に口を開いたのは椎凪のほうだった。

「どーも、椎凪です」

椎凪は人懐っこい笑顔で挨拶をした。
椎凪ってば職業柄なのか人見知りもないし、誰に対してもニッコリ笑顔な気がする。

「あ……岡田です」

そんな椎凪の笑顔に、岡田さんはチョットビックリしたみたいだ。

「はい、これ」

オレは持って来た何枚かのディスクを渡す。
頼まれてたものだ。

「やっぱり望月君に頼むと早いね」

それを受け取りながら、岡田さんが笑って言う。

「オレ、これしか取り得ないから……」

オレも軽く笑って返す。

子供のころ引き篭もってたときに、パソコンだけが友達だったから色々勉強した。
そんなのが今頃になって役に立ってる。

「見てもいい?」
「どうぞ」

話してる最中に視界に入った岡田さんのパソコンに、今まさに作成中のプログラムが表示されてた。
気になって、そんなお願いをしてみると簡単にOKしてくれた。

「岡田さん」

オレと岡田さんのやり取りを、黙って見ていた椎凪が声を掛けた。

「はい?」

チョイチョイと自分のほうに手招きをする。
オレはそんなふたりを視界におさめつつ、意識はもうパソコンに向かってた。

「つかぬことをお伺いしますけど、岡田さんは男の子お好きですか?」
「は?男の子……ですか?」

いつも新城君と一緒の望月君が初めて違う相手と来た。
望月君のことを少なからず知っている僕としては、ただただ驚くばかり。
しかも、僕に向かってあの笑顔……いきなりなにを言い出すんだ?この人。

「いえ……別に……」
「そうですか、なら結構!一応言っときますけど、耀くんはオレのモノなんで手ぇ出さないで下さいね」
「は?はあ……」

なんだか頼りない返事をしてしまった。
しかし、本当になんなんだ?この人って?
ニッコリ満面の笑顔で言われたから、言われてる内容がよく理解出来なかったけど、でも僕はわかってしまった。
笑顔なのに、漂う違和感。

「ああ!僕、結婚してますんで」

左手の薬指を見せながら、思わず説明してしまった。
なにしてんだ?僕……彼のテンポにつられてしまったらしい。

「なら尚更結構。奥様とお幸せに」

また同じ笑顔で笑ったけど、今度は漂う違和感はなかった。

「望月君は男の子なのに可愛いですもんね」
「はい」

自分の中にある望月君の印象を素直に述べた。
最初は女の子かと思った。
男の子と知って驚いたけれど、望月君が他人を極端に警戒することと、新城君が異常なまでに望月君に寄り添うのもそのあたりに理由があるのかと思った。

でも……今僕の目の前には、新城君じゃない男性が立ってる。


パソコンの画面を食い入るように見てる耀くんを、岡田さんとふたりで見つめながらそんな会話をした。 

オレや祐輔達以外と接点を持たない耀くんに、こんな関係の付き合いのある相手がいることに驚いた。
祐輔のことも知っていて、なおかつ祐輔が黙認しているのならきっと彼は耀くんにとって、害のない相手。
話してみて耀くんに下心があるとは思えないし、結婚もしてるとなれば、とりあえず様子を見ることにする。

「大学にいたとき、望月君と話をするの大変だったんですよ。新城君が一緒ならいいんですけど、望月君ひとりのときって警戒されちゃって……。
なかなか打ち解けてくれなくて。パソコンの才能のことは人伝に聞いてたんで、ウチの仕事手伝ってほしかったんで、何度も話しかけてやっとお願いできたんですよ」

そう言ってそのときのことを思い出したのか、岡田さんがちょっと困ったように眉毛をハの字に下げた。

へえ〜耀くんってそんなにパソコンに詳しかったのか。
確かに家でよくパソコン弄ってるし、仕事なんて言って遅くまで何かやってたもんな。
ここの仕事してたんだ。

「よっぽど昔、なにか遭ったんでしょうね。あなたも慣れてもらうまで大変じゃなかったですか?」
「いえ、大丈夫でしたよ。オレと耀くんは初めから赤い糸で繋がってますから。お互いすぐ分りましたから警戒なんてされませんでした。」

岡田さんの質問に、オレは笑顔で答える。
そんなオレにちょっと驚いた顔をする岡田さん。

「そ、そうですか」
「そうだ。あんまり耀くんに仕事依頼して、忙しくさせないで下さいね。オレの相手してくれなくなるんで。宜しくお願いしますね♪ 岡田さんっ!!」
「は……はあ……」

何だか最後のほうは威圧感があったような……でも、同じ笑顔なんだよな。

それに “赤い糸で繋がってる” なんて結構恥ずかしいことだと思うけど、全く気にも留めずにサラリと言ってるし。

やっぱり、ちょっと変わってる?この人?
そもそも望月君って男の子なのに……そういうコト?

まあ、人の好みをどうこう言えないけど……。

ひととおりの話が終わって帰って行くふたりを見送った。
これからも多分、彼には会う機会が増えるんだろうと思った。

そういえば、望月君とどんな関係なのか聞くのを忘れてたなとふと思った。



「ねぇ……岡田さんと何話してたの?」

会社からの帰り道、オレがパソコンを眺めてる間に椎凪が岡田さんと話してたのが気になってた。
帰るときには岡田さんの顔が若干引き攣ってたし……椎凪がなにか言ったんだ、きっと。

「え?ああ、男と男の話」

オレのそんな問いかけをはぐらかすように椎凪はニッコリ笑って答える。
怪しい……。

「なにそれ?なに話してたんだよ?怪しいんだよな。椎凪のことだからなにか変なこと話してたんだろ?」
「そんなことないけど、ナイショ!さーー耀くん、今日の夕飯は外で食べて帰ろう」

椎凪が話題を変えてきた。
もう……仕方ないな、今度岡田さんに聞いてみよう。

「じゃあ、中華食べる!」
「え?また中華?」

夕飯を外で食べようって言うからリクエストしたのに、椎凪に呆れられた。

「なに?だってオレ中華好きなんだもん」

思わずムッとして言い返す。

「中華は明日オレが作ってあげるから、今日は違うのにしようよ。ジャジャーン!見て!これ貰っちゃったんだぁ〜♪」

椎凪が自分で効果音を出しながら、ピラっとチケットを見せた。

「ホテルのバイキングの招待券♪ 行く?」

椎凪が2枚あるチケットをピラピラさせて、ニッコリ笑ってオレを誘う。

「行くっっ!!」

断るはずなんかない!食べることが好きなオレにとってバイキングなんて、モトはすぐ取れちゃう。

「じゃあ、行こう♪」

そう言って、椎凪がオレの目の前に自分の手を差し出した。

「うん!」

思わず手を伸ばしかけて、ハタと気づく。

「ハッ!!ちょっ……手なんか繋ぐわけないだろっ!!危ない危ない、もう少しでノセられるところだったよ」

慌てて手を引っ込めて、自分の背中に隠した。

「もー耀くんはっ!!いいじゃん、手繋ぐくらい!!」
「必要なしっ!!」

キッパリと言い放って、サッサと歩き出した。
椎凪はついて来ない。

「なにイジケてんの?行くよ」

振り向きながら、でも歩くことはやめずに椎凪に声を掛けた。
それでも椎凪は歩かない。

「もー椎凪いい加減に……」
「そっちじゃないよ。ホテル……」

「へ?」

今度はオレの足が止まった。

「ホテル、こっちだもん」

椎凪が、オレの歩いてた逆の方向を指差した。

「な、なんだよっ!!だったら早く言ってよっ!!」

オレは恥ずかしくなって、顔が真っ赤だ。
誤魔化すために、ワザと強気な言い方になる。

「だから手を繋ごうって言ったのに……耀くんってば意地張るから」

椎凪がワザとらしく、ブツブツと愚痴を言い出す……ああー煩い。

「ひとこと言えば済むことだろ?まったく……」

オレは椎凪のところに戻って、一緒に歩き出した。
ちょっとバツが悪かったけど、あえて無視することにした。

「はい、繋いで!!迷子になるよ」

そう言って、椎凪が強引にオレの手を取って指を絡めてギュッと握り締める。

「あっ!!ちょっ……迷子になんかならないよっ!!」

なるかっての!こんな場所で!!

「へへっ♪」
「……もう」

嬉しそうに笑って、繋いだ手を持ち上げてオレに見せる椎凪。

仕方ないなあ……そんな顔されたら無理矢理振り解くのも可哀想かな?とか思っちゃうじゃん。

繋がれた椎凪の手をチラリと盗み見る。

大きくて暖かい椎凪の手……。


今夜はそれに免じて、大人しくしててあげることにした。








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