オレの愛を君にあげる…



53




玄関のドアを開けると、どこか違った所に帰って来たような感覚だった。
椎凪が休みの日は、大学まで必ずオレを迎えに来てくれてた。
そのままふたりでブラブラして、夕飯の買い物をした。
このデザートが美味しいとか、これは新作なんだよ、とか。
椎凪はオレの好きなもの選んでくれてた。

「…………」

静か過ぎる部屋。

ふらふらと廊下を歩いて、椎凪の部屋のドアを開けた。
もともと荷物は洋服ぐらいだったけど、いつもと違う静けさが漂う椎凪の部屋。
まさか、こんなふうに椎凪との生活が終わるなんて……思ってもみなかった。
ろくにサヨナラもできなかった……。

「うっ…」

我慢しても、我慢しても涙が次から次へと溢れてくる。

「ひっく……椎凪…」

オレはそのまましばらくの間、椎凪のいなくなった部屋で立ち続けてた。




もうどのくらい、こうしてるんだろう。
泣きながらリビングのソファにずっと座ってる。
オレが右側、椎凪が左側。
いつもそうだった。
でも今は……椎凪はいない。
リビングもキッチンも……誰の声も聞こえなくて、なんの音もしない。
オレ……ここにひとりなんだと改めて思った。


「耀」

 誰かがオレを呼んだ。
でもその声は椎凪じゃない。
聞き慣れた声ではあるけど。

「祐…輔…?」

見上げると、いつの間にか祐輔が目の前に立ってた。
ここの鍵を持ってるから、勝手に入れるんだ。

「どうしたんだよ。大学も来ねえし、携帯も出ねえし」
「大学?」

え? ああ、どうやらオレは昨日からずっとソファに座り続けてたらしい。
いつの間にか夜が明けて、大学に行く時間になったのに気がつかなっかた。
連絡もしないで休んだから、祐輔が心配して来てくれたんだ。

「祐…輔……」
「ん?」
「椎凪が……」
「…………」
「椎凪が出て行っちゃた!」

オレは泣きながら叫ぶと、祐輔に抱きついた。

「オレとは…友達には…なれないって……オレとはもう…会わないって…元気でねって…うっ…」

また涙が溢れて、とまらなくなった。

「……耀…」




一週間前の仕事帰り。
耀くんにはナイショで、祐輔と慎二君を喫茶店に呼び出した。
大事な話をするためだ。

「出てく?」
「うん」

そう言ったとき祐輔は眉間にシワを寄せて、慎二君はちょっとだけ目を大きく見開いた。
ふたりとも、すぐに戻ったけど。

「やっと諦めたか。ったく、しぶとかったな」

タバコを吸いながら、ヤレヤレといった感じで祐輔が呟いた。

「フリ! するだけだからっ!」

冗談にも思えない祐輔の素振りだ。
まったく……。

「耀くんがあんなに意地っ張りだとは、計算外だったよ」

腕組みをして、しみじみと言った。
ホント耀くんってば、自分の気持ちを素直に認めないんだよね。
あれだけオレとキスしたり、抱き合ったりしてるのに。
まあ……そっから先は許してはもらえてないけどさ。
だからって、力尽くじゃ意味がないんだよ。

「もう半年待った。お互いの気持ちも十分確かめ合ったから、ハッキリさせる。ショック療法!」
「でもそのまま、本当に別れるってこともありますけどね♪」

慎二君がにこやかに笑いながら、そんなことを言う。

「ないからっ! 慎二君、怖いこと言わないで!」

即、訂正を入れた。

「きっと耀くん、凄いショック受けると思うんだ。だからそのときは、ふたりに耀くんのこと頼みたいんだ」

とにかく耀くんのことが心配だった。
想像するだけで、そのときの耀くんが手に取るようにわかる。

「いいぜ、まかせろ。別れるようにアドバイスしといてやる。お前と付き合っても苦労するだけだってな。なあ、慎二」

意地悪そうにオレを見て、祐輔が言う。

「うん」
 
これまた楽しそうに、頷く慎二君。

「だから、それ心配なのっ! 本当にやるつもりだろっ! ふたりとも、絶対やめてよねっ!」

オレはふたりを指差して、厳重に注意して余計なことはしないって、オレの邪魔はしないって約束させた。
本当に守ってくれるのか怪しいけど……。
オレはふたりに頼んだあと、思ってたことを実行に移した。




椎凪の言ったとおり、椎凪がいなくなったあとの耀は酷いもんだった。
まったく椎凪のヤツ……こんなに泣いた耀を見たのは久しぶりだ。
オレに自分のことを話してくれたときも、こんなふうに泣いたっけ。
オレに抱きついて、泣き続ける耀を抱きしめながら思った。

「椎凪がいないのが、そんなに辛いのか?」
「祐…輔…」

耀がちょっと驚いたような顔で、オレを見上げた。

「だったら…」

耀の顔をそっと持ち上げて、話しかける。

「もうお前の答え、出てんじゃねえか。バカだなこんなに泣いて」

両手で零れまくってる耀の涙を拭いてやった。
まったく……あいつのためにこんなに泣きやがって。

「もう意地張るのやめろ」
「でも…オレ…うっ…きっと椎凪に迷惑かける…そしたら…ヒック…嫌われちゃう…」

泣きながら、やっと喋ってる。

「誰も迷惑なんて思わねえよ。オレも慎二も……椎凪もな。なにがあっても、耀のことは嫌いになんかならねえから」

いつまでも泣きじゃくる耀を、そっと抱きしめた。

「椎凪なら大丈夫だから。絶対、耀のこと守ってくれる。お前の全部を受けとめてくれる」
「祐輔……」
「オレの耀を預けるんだから、オレが認めた奴じゃなきゃ誰が渡すか。そのオレが、あいつなら大丈夫って言ってんだぞ? それでもダメか?」
「本当…? うー本当に平気…うっく…かな? 椎凪…オレのこと……嫌いになったりしないかな…」

アイツのためにそんな顔すんなよ。
そんなに好きなのか?

「大丈夫だよ。あいつ、耀がいないと生きていけないんだから」
「……ぐずっ」

ホント、このまま死んじまえばいいのに……本心でそう思った。

「ちゅっ…」

耀の額に優しくキスをしながら、複雑な気分だった。
耀がオレ達以外の……人のものになる。
そんな手伝いをオレがしてやってると思うと、なぜか無性に腹が立ってきた。
オレはやっと泣きやみ始めた耀を、しばらく抱きしめていた。

クソッ! 椎凪の野郎……一生オレに感謝しやがれ!






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