オレの愛を君にあげる…



64




「逃げてんじゃねえよっ!!」
「だから、逃げてないって…」

そう言いながら、スタスタ早足で歩く男。
街で信号待ちしてた俺を、ジッと見てやがった。

「なに人のこと、ジロジロ見てんだよっ!!」

怒鳴りつけて、そいつに詰め寄った。
『ああ!』って顔して、軽く俺に笑いかけてきやがった。
そのまま、いつの間にか変わった信号で横断歩道を渡り始めてる。
ふざけんな! 逃がすか!
俺はそいつを追いかけた。

「オイッ! 待てよ!」
「あーもう。オレ、急いでんの! 君の相手なんかできないよ」
「人にガンつけといて逃げんじゃねえよ!」
「ガンなんかつけてないって。男の子かなぁ? 女の子かなぁ? って見てただけ。 男の子だったんだね」

そいつは俺のほうを見もしないで言った。

「バカにしてんのかっ!!」

余計ムカつく!!
たしかに見た目で俺はよく女に間違えられるときがある。
制服姿だとそんなことはないいんだが、それでも疑いの眼差しを向けられるとこもある。
身長も170に届かないし、誰に似たのか顔は女顔だし。
それがコンプレックスとまではいかないが、そのことに触れられると俺は過敏に反応するところがある。

「バカになんかしてないって」
「いいから止まれよ!」

腕を掴んでも、簡単に振り払われた。

「オレ、急いでんの! 君なんかにかまってる暇なんてないの」
「俺だってマジなんだよ! 逃がすかっ!」
「あーもうしつこい。大体身長差からいって、君に勝ち目ないよ」
「うるせーんだよっ! テメエなんか、目じゃねえんだよっ!!」

自分より頭ひとつ分、背の高い男に向かって怒鳴り返す。
思えばなんで、こんなにこの男のことが気に入らなかったのか。
自分でもわからないほど、男のあとを追いかけた。
ここまで俺を無視した奴が初めてだったからか。

「これで最後! 本当にオレ急いでんの。だからもう終わり。君の勘違い! じゃ、サヨナラ!」
「ふざけんじゃねえって言ってんだろーがっ!」

俺は懲りもせず、男の忠告を無視してまた怒鳴りつけた。
男の足が急に止まった。
振り向きざまに胸倉を掴まれ、そのまま店と店の細い路地に引っ張り込まれた。
背中から身体を思いっきり壁に押しつけられる。

「!?」
「急いでるって言ってんだろうが。そんなにやりてえなら、秒殺で殺してやるよ」

さっきまでの俺をノラリクラリとかわしていた奴が、いきなり殺気丸出しで別人のように変わった。

「ウグッ!」

本当に一瞬だった。
鳩尾に奴の膝蹴りを数発くらい、耐え切れず咳き込んでるところに回し蹴りを入れられた。

「死ね、クソガキ!」

たしかにそいつはそう言った。

「ガハッ!」

俺は蹴り飛ばされ壁に叩き付けられ その場に崩れ落ちる。

「調子に乗ってんじゃねえぞ、クソガキ! お前とオレとじゃ年季が違うんだよっ!
こっちはお前が赤ん坊のころから喧嘩してんだ、今も現役でな!
大人しく帰っとけばよかったんだよ! ったく、オレの邪魔しやがってっ!」
「げほっ…」

クソッ! なんだよ…コイツ。
ずっとヘラヘラしてやがったクセに。
チクショー……この俺が、相手に一発も入れられねえなんて。

俺だって腕には自信がある。
こっちだって現役だ。
今まで自分より、身体のデカイ奴だって難なく相手にして倒してきた。
でも…コイツは…今までの相手とは違う。
クソッ! 悔しくて、着いていた両手を強く握りしめた。
爪がアスファルトで異様な音を立ててる。

「もう、つきまとうなよ」
「オイッ! 待て…よ!」

立ち去ろうとする男に向かって、よろめきながら怒鳴った。

「ん? へえ、立てるの? それなりに強いってこと? でも、ホントしつこいな」

最少は感心したように言ってたが、最後は俺を睨みながらソイツは言った。

「だあああああああっ!!」

ありったけの力を込めて、俺はそいつに殴りかかった。

「!?」

走り出したその瞬間、俺は足元にあったパイプの棒に足を取られ、そのまま勢い余って目の前にいた男に飛び込む形で倒れ込んだ。

「うおっ!」
「なっ!?」

マジかよ! というような男の声。

「わああああ!!」

俺と奴は、そのまま真後ろに開いていた店の地下に続く階段を2人で転げ落ちていった。




『オイ』

誰かが……呼んでる?

「オイ! いい加減、目を覚ましやがれ! クソガキ!!」

髪の毛を鷲掴みにされ、思いっきり頭を引っ張られた。

「いでででででででっ…!!」

かなりの激痛が脳天に送り込まれた。
髪……毛が抜けるっ!

「いてーなっ!」

あまりの痛さに目が覚めて、思わず文句を言った。

「うるせえ! テメエがどかねえとオレが動けねーんだよ! 人の上に乗りやがって!
オレの上に乗っていいのは耀くんだけだ!」

は? なに言ってんだコイツ?

「うっ! 俺も動けねえ。上が重っ…」

俺の上に、ダンボールが覆いかぶさるようにのしかかってる。

「オレはもっと重いんだよ! ったく! テメエのせいでロクなことがねえ! 早くどけっ!」
「って言ったて……」
「根性出せっ!!」
「うぐぐぐっ…」

俺だって、こんな野郎の上に乗っかってるなんて嫌だっつーの。
なんとか起き上がろうと試みたが、俺の上に乗っている荷物はビクともしない。

「だっ…だめだ…」

どてっと男の上に力尽きる。

「だめだ、じゃねえんだよ! こっちは人と待ち合わせしてんだよ! お前がどかねえと携帯も使えねえんだよっ!」

まったく……随分カリカリしてやがる。

「手ぐらい動くスペースあんだろ? 右手は動かせてんじゃんかよ」

俺の髪の毛を遠慮なく引っ張ったよな。

「左手、動かねーの。多分、怪我してる」
「え?」




仕方なく、俺が奴の左のズボンのポケットから携帯を出してやった。

「耀くん、ってあるだろ」
「あー」

アドレスから言われた名前のを出して掛けてやり、携帯を奴の耳に当ててやる。
なんで俺がこんなこと……と、心の中でブツブツとぶうたれた。

「……あ! 耀くん? オレ。ごめんね、ちょっと遅くなるから先に慎二君のところに行ってて。
うん……ごめんね……ううん、大丈夫」

コロッと態度が変わってる。
さっきまでの怒ってたのがウソみたいじゃねえか。

「愛してるよ、じゃあね」
「!?」

はあ? ビックリした。

「なに、アンタ。よくこんなときに、そんなこと言えるな。恥ずかしくねえのか?」
「クソガキにはわかんないよ。さて……と」

男はもう一本、どこかに電話しようか迷っているようだった。

「仕方ないな。ここから近いし、助けに来てもらうか……あーヤダな……でも他にいないし…」

 随分嫌がって悩んでたみたいだけど、結局電話を掛けることにしたらしい。
また言われた名前を出して、掛けてやった。

とおる ? オレ…ちょっと来て。え? やだ……はあ〜〜わかったよ。場所は……」
「?」

なんだか変な会話みたいだったが……一体どうした?




ダンボールの下敷きになって、もうどんくらい経ったんだろう。
その重さに耐えつつ、でも俺の下には俺とダンボールに押し潰されてる野郎がいる。
こんな状況なのに、電話の相手に『愛してる』などとほざく奴。
俺に怒りまくってたかと思ってら、今は静かになってる。
なんだかよくわからん奴だ。
どこかに電話してから静かになった。

「あと5分もすれば助けに来るよ。げほっ…あー重い。左手も感覚がなくなってきたし…」
「!!」

いきなりそいつが俺の顎を右手で掴むと、マジマジと俺を見た。

「くすっ…間近で見ても…女の子みたい…」

呟くように言って、ソイツが静かに目を閉じた。
顎を掴んでた右手もパタリと落ちた!

「あ…オ…オイッ! どうしたんだよ!」

まさか、くたばったんじゃねえだろうな?
殺人犯なんて、勘弁してくれ!
しかも、その死体の上で俺もお陀仏なんて冗談じゃないぞ!

「疲れた…これから…もっと…疲れる…」

 奴がボソッと喋った。

「は? なに?」

よかった…生きてる。
生きてることが確認できてホッとしてると、誰か階段を下りて来る足音がした。

慶彦 よしひこ いるの?」

男の声だ。

「亨? ここ…」

 俺の下の男が力なく答えた。

「本当にいた。こんなところでなにしてんの?」
「説明はあと! いいから、コレどかして!」
「その前にちゃんと約束して。助けたらキスしてくれるって」
「え゛っ!?」

やって来た男の言葉にビックリして声が出た。

「ん? 誰? 他に誰かいるの?」
「いいから早くっ!! もう限界!」

本当に限界らしかった。
大きな声を出すのも辛そうに話してる。

「仕方ないな……」

本当に仕方ないと言うような声と言い方をすると、やって来た男は積み重なってるダンボールに手をかけた。




やっとダンボールから開放されて、自由になった身体を動かした。
服は汚れて身体は擦り傷だらけ。

「……っ!」

下敷きになってた男が言ってたとおり、左の二の腕をなにかで切ったらしく出血がひどい。
今は止まってるみたいだけど。

「もしかして、その手当ても僕がするの?」

呼び出されたメガネの男は、服の汚れを叩きながら呆れた声で言った。

「できれば頼みたいね。そういうの得意でしょ?」

俺を叩きのめし、何十分もの間俺を胸の上に乗せ続けた男は苦笑いをしてた。




俺達はメガネの男の部屋に上がり込んだ。

「なんで俺まで…」

ナゼか俺まで連れてこられた。
たいした怪我じゃないからと、サッサとオサラバしようと思ってたのに帰らせてもらえなかった。

「当たり前だろ! 君にはこの怪我の説明を皆に……特に! 耀くんにしっかりとしてもらわないとね!」

この男……『椎凪 慶彦』って言ってたな。
メガネの男は『真鍋 亨』だったっけ?
なんか冷たそうな男だ。
しかもメガネの男に『慶彦の上に、一体何十分乗ってたの? まったく』
なんて変な誤解と、ヤキモチらしきモノを妬かれ名前を吐かされた。

オレは、咤鐺一唏わたなべ いっき 、高校2年生だ。
言いたくなかったのに、メガネの男が『目上に対して礼儀も知らないの?』って教師みたいな口調と目線でお説教を喰らった。
まったく……なんなんだ?

「さっきから『ようくん』って言ってっけど、誰? まさか恋人?」
「なに? まさかって? そうだよ。オレの恋人」
「おっ…男同士かよ」

露骨に顔に出た。

「なに? 悪い?」

あ! ちょっとムッとしてる。
ヤバかったか?

「まあ慶彦の場合、男同士って言っても特別だけどね」
「うるさいな…」
「へえ…態度デカイね、慶彦。さて、約束守ってもらおうかな? 怪我の治療の分もあるからね」

メガネの男がニヤリと笑って、アイツを見た。

「げっ!! た…たまにはさ、若い子なんてどう? 可愛いよ、この子…」
「は?」

そう言って俺に腕を回して、メガネの男に顔が見えるように引っ張った。
ちょっ…なんのつもりだ?
俺を身代わりにするつもりか?
冗談じゃ……

「僕、慶彦以外興味ない」

あっさりと拒否された。
ホッとしたような……でも、俺眼中になしか?
チラリと見もしなかったな。

「えーーーーっ」

奴が返事をする間もなく、メガネの男が前に出る。

「わーっ!! ちょ…ちょっと、タンマ! か、彼が見てるよ! ね! また次の機会っていうことで…」

俺を引き合いに出すんじゃねえよ!
それに、この男にそんな言い分が通用すんのか?

「そんなの待てない。別に見られてたって僕はかまわない」

ほら見ろ。
どんな理由も、このメガネの男には通用しないらしい。
だけど、コイツらそっち系なのか?
なんか…ヤバイか?
俺、襲われねえだろうな?

「嬉しいな。久しぶりだ」

ニッコリと笑うメガネ野郎。
逆に怖い。

「いやぁ……挨拶じゃなきゃ、耀くん以外とはできれば勘弁してほしいなぁ〜っと…」
「へえ〜大人になったね、慶彦。僕にウソついたの? 助けて、怪我の治療までしてあげただろ?」
「……それは…感謝してる…よ…」

アイツがジリジリと、壁際に追い詰められている。

「ほら、キスして。ちゃんとしたキスだよ」

ふたりの顔がもの凄く近い。

「………はあ〜〜」

アイツが諦めたように溜息をひとつ吐いて、メガネの男に自分から近づいてキスをした。
うおおおい! コイツら、マジでしてるよぉーーウソだろー!?
舌が絡み合う音が聞こえるじゃんか!

「…ん…」

どっちの声だ?
俺はナゼか心臓がドキドキいい出してきた。
なんでだ!? 男同士のキスシーンだぞ! 俺!

「…………」

それにしても、どんだけしてんだ?
もう結構な時間が過ぎてるはずなのに、離れる気配がない。
どうやらメガネの男が満足するまで、終わらないらしい。
だって慶彦という男を逃がさないように、ガッチリとホールドしてる。




俺と慶彦という男は「ようくん」が待っていると場所に一緒に向かっている。

「いい? さっき見たことは誰にもナイショだからね! 言ったら殺すよ!」

睨まれて凄まれた。

「あ…ああ…」

俺は気の抜けた返事をした。
男同士のディープなキスを延々と見せられ、軽くショックを受けたらしい。

「アンタ……あの人ともデキてんの?」

呆れて、自然に聞いてた。

「デキてないっ! 怖いこと言うな! あいつとは腐れ縁!」

もの凄い勢いで振り向かれて怒鳴られた。
相当焦ってるな。
しかし……俺とやり合ったときとは別人だな。
こんなにも変わるもんか?
二重人格みてえ。

「じゃあ、ちゃんと説明してよね! 特に、耀くんが不安にならないようにね!」
「わかったって…」

あーもう、うるせーな。
なんでいちいちそんな説明しなくちゃいけねーんだよ。
しかし、こいつホント何者?

「ようくん」という恋人が待っているビルは、有名なブランド『TAKERU』のビルだった。
ひとつの大きなビルに、店と事務所なんかが入ってるらしくとにかくデカイ。
中に入ってエレベーターで最上階に着くと、そこは住居スペースになっていた。
何個かある玄関のひとつを開けて、自分の家のようにスタスタ進みだだっ広いリビングに出た。
あまりの広さにあたりを見回していると、アイツが嬉しそうに名前を呼んだ。

「耀くん!」
「椎凪!」
「!!」

え? 男? この人が?
俺達を見て、こっちに駆け寄って来た「ようくん」と言う恋人は、どう見ても男には見えない。
まるで……女の子だ。

「よかった。やっと来た」

ホッとした顔をして、ニッコリと笑う。
その笑顔はなんとも可愛い笑顔だ。
ハッ! 俺、なに考えてんだ!
こんな可愛くても、男だぞ! お・と・こ!
なんてひとりで焦ってた。

「ごめんね、耀くん。迎えに行けなくて」

アイツが「ようくん」の頬にそっと手で触れて撫でた。
その仕草がなんとも自然で優しくて、思わず見とれる。

「ううん。大丈夫だったよ」

相手の「ようくん」もアイツのことを見上げて、これまたなんとも言えない可愛い顔で見つめてる。
なんなんだ? このふたり。
スゲー“2人の世界”に浸ってんじゃん。

「んー♪ 会いたかったよ。耀くん」

アイツがギュッと「ようくん」を抱きしめる。

「もー大袈裟だなぁ…」

そう言って抱き合うふたりを呆然と眺めていた俺に「ようくん」が気づいた。

「あ!」
「!」

ナゼか目が合って、ドッキとした。
どうした? 俺!

「ん?」

ふたりがジッと、俺を見つめてる。

「えっと……あの……」
「ああ。彼はね、一唏」
「一唏…君?」
「実はね……」

そのあと俺と喧嘩して怪我をしたということにはならず、ドジな俺を助けたことにで怪我をしたという話に付き合わされた。
仕方なく話を合わせて、頷く俺。
怪我の治療をあの男にしてもらって服を着替えたことも話したけど、さすがにそのときふたりにあったことには触れることはなかった。
まあ、言えねえよな。

これをキッカケに俺はこのふたりに関わっていくことになるなんて……そのときの俺は思ってもみなかったんだよな。 





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