☆ 右京が祐輔や椎凪と知り合う前のお話 ☆
「降りろよ」
あのあと連れて来られたのは、営業していない寂れたレストランだった。
幹線道路から少し外れた人通りの少ない場所……だから潰れたのか?
こんなところに店を出そうと思った経営者の顔が見たい。
そんなことを思っていたら、タクシーの運転手に腕を掴まれて引っ張られた。
運転手も仲間だったらしい。
「気安く僕に触るな!そんなことをしなくても自分で歩く」
掴まれた腕を振り解いて睨んだ。
乱雑に残された幾つかのテーブルと、イスが置かれているホールに着いた。
なんとなく埃臭い……僕の屋敷でこんな部屋があったら、即掃除をさせたいくらいの汚さだ。
まさか、こんなこ汚くて埃くさいところに僕を監禁するつもりか?草g家の当主の僕を?
自然と顔が引き攣る。
これは……今後の待遇次第では即帰る決意を固めた。
「いらしゃい、右京様」
入って来た入り口のほうから女性がひとりと、その後ろに運転手と2人の男がいた。
「君は?」
「誰でも宜しいでしょ?まあ、こうも簡単にこちらの手の中に落ちて頂けるなんて思っても見ませんでしたわ。
さすがのご当主様も学友にはガードが甘いってことかしら?」
そう言って彼女は彼に近付いて、彼の肩に自分の腕を乗せた。
そして必要以上に彼に顔を近付ける。
「そういう関係なのかい?」
男と女の関係。
「あなたに近付くのに同じ大学の子が欲しかったのよ。探してたらお金で動いてくれるこの子が見付かったってわけ。
やっぱり世の中お金よね?ねえ、大富豪の右京様?」
真っ赤な唇をイヤらしく歪めて笑う……下品だな。
「彼にお金のことを話したって無駄だよ。自分でお金なんて使ったことないんだから……そんなことする必要がないんだ」
彼が心底呆れた眼差しと口調で僕に向かって吐き捨てる。
僕はさらに不機嫌になったが、顔には出さずに黙って彼等を見ていた。
「そうよね〜〜だったら幾ら出すかしら?ご当主様の命のお値段。高く買い取って頂けるわよねぇ?」
またイヤらしく口端を上げて笑った。
本当に下品な笑い方だ、クセか?クセなのか??
僕の家の者があんなふうに笑ったら、即教育のやり直しをさせてやる。
佐久間にみっちりしごかれるがいい!
「!!」
そんなことを考えていたら、急に2人の男が僕に近付いて、無理矢理あの汚いイスに僕を座らせて
縄で後ろ手に手首を縛った。
「僕に触れるなと言っただろう!」
この僕に対してこの所業!もの凄い屈辱だ!
「まさかこんな簡単にコトが運ぶなんてね〜〜ホントお坊ちゃまで助かるわ。ボディガードもつけずに外出するなんて
どうかしてるわね。さて、今アイツがあなたのお屋敷に電話を掛けてるわ。幾らになるかしらね?あなたの命のお値段」
女がクスクスと笑う。
「無駄だよ」
そんな彼女を見上げて言った。
「そんなことないわ。きっとこちらの言い値よりも高い金額で払うんじゃなくて?」
言いながらズイッと僕に顔を近づけてくる。
「近くで見るとあなたなかなかハンサムなのね、ちょっと幼く見えるけど。でもあなたが睨めば、
どんな相手も言うことを聞くそうじゃない?もの凄い権力の持ち主なのね」
そう言ってさらに僕に近づいて来た。
近くに来てわかったが、香水の匂いがキツイ。
なんて下品なんだ……下品すぎる。
その匂いで、また頭の痛くなることが増えた。
「こんなことをして、逃げられると思ってるのかい?」
「ええ、ご心配なく。ちゃんと手はずは整ってるの、フフ……」
この落ち着きよう……どうやらハッタリではないらしい。
「後ろに……誰か付いてるってことかい?草g家の本家と当主を敵に廻しても……かい?」
「ええ、草g家だからこそ……ね」
「………」
本家を敵に回しても、大丈夫と思える後ろ盾があるということなのか?
「ねぇ、あなたの相手をする女ってやっぱり身持ちのいい高級な女なの?」
彼女が僕の顔を覗き込んだ。
そして、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「僕に気安く触れるな」
「やっぱりお金持ちのキスは違うのかしら?」
「触れるなと言っている……」
「あら、この世で最後のキスになるのよ?遠慮することないわ」
女の息が掛かるほどに顔が近づいてくる。
冗談じゃない、これは……もう我慢の限界か?
と思った時、彼女を呼ぶ声がした。
僕の屋敷に電話を掛けていた男だ。
「なによ?どうしたの」
彼女はその男のほうに歩いていった。
「何ですって!?どういうことなの!!」
僕のほうを振り向いて、今度はもの凄い怒った顔で近づいて来た。
女性としてその顔、恥ずかしくないのか?女性としてのたしなみが欠けているのではないだろうかと思う。
「ちょっと、どういうことなの?身代金一銭も払わないって切られたわよ!
あんた草g家の当主じゃないの?長(おさ)でしょ?」
「当たり前だ、僕が払うなと命令したんだ。払うわけがない。僕の命令は絶対だ、逆らう者なんて
僕の屋敷の中にはいない」
「な…なんですって?どういうことよ!!」
ワケがわからないといったふうな彼女が声を荒げる。
「僕は無事屋敷に帰る。だから身代金なんて払う必要がないんだよ。わかったかい?」
「はあ?何言ってんのよっ!!ふざけるんじゃないわよっ!!なら命令しなさい!お金を払えって!
払わないと殺されるって!さあ!」
彼女はもう通話は切れてるであろう携帯電話を僕に突きつける。
「断る。その必要はない!」
僕は真っ直ぐ、彼女を見つめて言い切った。
「これでも?」
彼女は隠し持っていた拳銃を、僕の頭に当てた。
「どうせ後で死んじゃうんだから、最後に人助けしていきなさいよ」
更に僕の頭に拳銃を押し付けながらの脅し文句だ。
「断る!」
「このっ!!」
拳銃を持った腕を振り上げると、僕の顔目掛けて振り下ろした。
僕は真っ直ぐ彼女を見つめたまま、避けようとはしなかった。
「なっ!?」
彼女が驚きの声をあげた。
周りにいた田辺も男達も、一瞬動きが止まる。
拳銃が、僕の顔に触れる数センチ前で止まったからだ。
その止まりかたは彼女が自分で止めたという感じではなく、なにかに腕を掴まれたような
不自然は止まり方だった。
「僕に気安く触れるなと、何度言えばわかるんだい?」
僕はゆっくりと、彼女に向かって言葉を投げ掛けた。
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